2019.02.08

「何故、あなたのような方が変われたのか」の質問

今日もこんなブログにアクセスして下さり、誠に有難うございます!

講演会で受ける質問の多くは…

以下

 

(過去ブログに書いた。wp.me/p73B8w-3LH

「支援級?それとも通常級?」

「夫が療育手帳を取ることを認めてくれない。夫婦間に亀裂が!」

「姑から『孫に障害者のレッテルを張る気か!』」と言われ、病院を受診できない」

「療育は必要なのか、療育施設に通うことをひどく嫌がっている」

「兄弟姉妹に対して、愛情が手薄になってしまっている」

「担任が厳しい叱責を繰り返し、不登校になっている」

「限りなく白に近いグレーなので、サポートしてもらえる場がない」

 

でも、たまに変わった質問がある。

「なぜ、写真を撮ったのか?」の質問。前のブログに書いた。

wp.me/p73B8w-3PX

 

■今回の質問

先日の練馬での講演会あと、また変わった質問が来た。

 

「立石先生のようにキャリアがある方が、どうして息子さんの障害を受け入れられたのですか?」

 

いえいえ、私は妊娠中に出生前診断も受けた身。育てる前は本当の意味で親にはなっておらず「障害のある子だったらいらない」と思い受けてしまった!

 

過去ブログ

wp.me/p73B8w-3G7

 

何故、受け入れたのか分析してみた。

 

 

■理由① 完璧主義者だから

私は完璧主義者。テキトー母さんではない。

「90点なんてありえない。90点なんて0点と同じ!100点でないと意味なし」の考え方を持っている。

 

この思考癖を…

・全か無か思考

・0か100か思考

・白か黒か思考

と言うらしい。

 

だから、「障害児」と分かった途端、匙を投げてしまったのかもしれない。

諦めが早かったのかもしれない

 

「健常児か障害児か」の選択しかなく、「障害児を健常児に近づけよう」とは思わなかったのだろう。

息子が知的遅れもある程度あったことが、幸いしたのかもしれない。

 

座右の銘も

「君子は豹変す」なのだ!昔の携帯アドレスを「kunshiwahyouhensu」にしていた。

 

 

■理由② 障害者と関わる体験があったから

・幼稚園の頃、クラスに足が不自由な障害児の子がいた。

・特別支援学校の実習生だった頃、障害児の子ども達と関わっていた。

(↓ 1995年 中学3年を担当)

それから…差別を受ける病気、障害ではないがハンセン病(=昔はらい病と呼ばれていた)の療養所の訪問を15歳から月1のペースでしていた。

 

補足説明すると…

行っていたのは静岡県御殿場市にある神山復生病院

ここは日本に現存する最古のハンセン病療養所であり遠藤周作の“私が捨てた女”のモデルにもなった場所だ。

実は私が寄宿舎生活をしていた不二聖心女子学院の前進である温情舎小学校、この初代校長である岩下壮一神父が神山復生病院第6代院長となり、当時日本で猛威を奮ったハンセン病の患者の方々のために生涯を捧げた。

 

この歴史の中で学校教育の一貫として行われていたからだ。

www.fujiseishin-jh.ed.jp/principal_message/2014/04/

(この写真は母校を訪れたとき、寝室。寄宿舎で17歳まで過ごした)

これらの経験から、病気の人や障害者差別の気持ちが育たなかったのかもしれない。

 

 

■理由③…受け入れられた

人生のどん底を若いうちに味わったからかもしれない。

 

私は23歳のとき強迫性障害になり、精神科に1年間入院していた。身体拘束をされ、施錠され、自殺しようと試みたが、それすらする自由もない地獄の入院生活であった。

 

その後はどんなことが起ころうと「あの時の苦しさに比べたらまだマシだ!」と思えるようになった。精神障害者に対する偏見もすっかり無くなっていた。

 

 

最後に…

「なぜ、そんなに明るく笑顔で話せるのですか?」と聞かれることも多い。

 

そりゃ、今だから笑って話せるだけ。昔は息子が迷子になったとき「永遠に見つからなかたらいいのに」と思ったこともあるし、叩いて叩いて叩きまくったこともある。

 

鬼の形相で子育てし、眉間に皺がいつも寄っていて、悩み顔が形状記憶されてしまっていた。

人生には予期せぬことが起こる

子どもがいじめにあったり、不登校になったり…

「人並」「世間並」というしがらみから解放され、育てる中で親になっていく。

子どもをありのまま愛する能力を、少しずつ付けてくのだと思う。

 

子どもを育てるうちに親となり、今は息子の帰宅が待ち遠しい溺愛母なのでありました。

最後までお読み下さり、有難うございました。

また金曜日、寄って下さいね!

amzn.asia/d/dj4Upcw

amzn.asia/d/e1v855q

 

 

カテゴリー:正直なつぶやき

コメント(14)

  1. 稲穂ママ より:

     今日のブログ、感動しました。涙が出ます。世間体や評価を気にする親ではなく、無条件でありのままの息子を愛せるような本当の親にならせていただく体験をしていると私も思います。
     こんな夜中にやっと解放され、ブログを拝見し感動してました。今、息子の朝ごはん?が終わったところです。昼夜逆転してるので、夜11時に起きてきて、手洗いを1時間半して、いま、鮭のムニエルにふりかけご飯を食べポカリを飲んで、お菓子を持って部屋に戻ったところです。私は、午前中働いてるので、細切れにしか眠れませんが、発達障害の息子を育てるって、本当に鬼の形相になったこと数知れません。でも、息子を受け入れられたとき、苦しくても幸せ!って思えるようになっていけると思います。
     立石さんの今までの経験が息子さんを育てるうえで、また皆さんに発信するうえですべて生かされているんだと知りました。立石さんの表現力、伝える力を今後も期待しています。

    • 立石美津子 より:

      稲穂ママ

      4時に!そんな壮絶な毎日なのですね。細切れの睡眠は本当につらいですよね。自身の精神にもひどく影響してしまいますよね。(私も睡眠時無呼吸症候群なのでわかります。今は器具を付けて寝ています)

      人の悩みはそれぞれで、一人ひとり本当にしんどい思いをしていますが、発達障害児を育てる壮絶な親の苦労を健常児の親にわかってもらいたいです。

      健常児を育てる方に対して言い方は悪いですが、凄く些細なことで凄く悩んでいる方がいらっしゃるので…

  2. ロミー より:

    おはようございます
    私も今日のブログ涙がでました
    いろいろなものと闘っている最中で、毎日精神面からくる体調不良で八方塞がりの日々でした
    周りからの傷つく言葉もありますが、とにかく子供が安心していられるように頑張ります!

    • 立石美津子 より:

      ロミー様

      私もここでいろいろぶちまけてますので金曜日どうぞ寄ってくださいね!

  3. ロミー より:

    ありがとうございます!

  4. かおり より:

    私も3歳くらいの世間では可愛いと言われる頃、叩いて蹴ったり暴言吐いてました。辞めたくても辞めれない。とにかく自分の気持ちの落とし所がほしかった。そういう行為で、で満たされない虚しい感情を満足させてきたんです。今となってはとんでもない事をしました。思い出すと申し訳無くて泣けてきます。私なんかより息子をどれだけ傷つけたか…
    虐待のニュースがありますが、なんてクズな親だ!と思う反面、自分も同じだと思いました。
    でも、自分の行為を決して肯定するわけではありませんが、あの時期があったからこそ、今は二度とするまいって思えるんです。本当に可愛いです。

    • 立石美津子 より:

      私も池袋の西口の横断歩道で「虐待親だ!」と叫ばれたことがありますよ

  5. 蓮根 より:

    わたしも、息子大好きで、愛してます。

    虐待のニュースの加害者と、障害児を毎日一生懸命、追いかけ回して、へとへとになって、育てているお母さんとは人種が全く違う!

    心と時間に余裕がないと、自閉症児育てられないですよね。
    今は、甘い、と思われてるかもしれないけど、厳しくしかることはあまりないです。
    もちろん、必要であれば、厳しくします。
    悪いことを容認しているわけではありません。
    自閉症独特のこだわりや、え?というところ、など、イラっとすることはしょっちゅうです(笑)、みかたかえれば、すごくかわいくて、おもしろいのですが。
    それも、つきあったり、おだやかに「もうその話おわりにしようね」、といったりすれば、満足したり、わかってくれたりします。
    「うるさいよ!」と、いってしまいそうなときもありますが、
    本人はすごくショックを受け、それ以上に、わたしが、「息子を傷つけた」と、悲しくなってしまうので、怒りません。
    けれど、わたしの表情や態度で、むすこはイラッがわかるみたいですけどね。
    ありがたいです(笑)
    乳幼児の時は、注意しても叱っても、笑っていて「なんでわかってくれないの、おかあさん、叱ってるのに」と、疲れはてました。
    笑ってたのは、ほんとは悲しかったのかもしれない、その場をごまかしていたのかもしれない、と、(表情と気持ちが一致しない特性)感じ、根気よく、そのつど、注意をしていきました。
    幼児用ハーネス、ほしかったし、つかえばよかったです。「手をつなごう」などと、綺麗事をいってる人がいるようで、、バカじゃない、と思います。
    手を繋いでましたが、大変でした。
    動きに予測つかないし、わたしの肩脱臼しそうだったし。手を繋ぐ、なんてほのぼのしたものではなく、手錠です、はずれたら、子供の命にかかわる。
    よく動くこは、幼いとき、ほんとに大変です。
    今はまた別の悩みがありますが。

    立石先生、
    blogの更新、楽しみにいています。

    • 立石美津子 より:

      蓮根さん

      いつも読んで下さり、ありがとうございます!辛いとき=笑う。。。あるあるですね。

      私も今はほとんど叱りません。成長したからです。しかったらパニックを起こすだけなので、それが怖いです~”!

  6. 蓮根 より:

    あ、おなじです。(叱らない)
    うちのむすこは、まだ小3ですが……。
    幼児期よりは成長しました。
    叱ってよい方向に行くどころか、聞いてくれずパニックでは、本末転倒ですものね。
    それと、「ヘリコプターペアレント卒業」という、本のお言葉も、臨機応変さが、身に付いていくのだな、と、感慨深かったです。
    勇太くんは、一人で電車に乗り、通学し、
    小学校の時も、一人で通学していたようで、自立しているな、と思います。
    通学の仕方は丁寧に教えたのでしょうけど、スムーズだったのですか?
    うちのこは、まだ一人で通学できません。
    交通ルールは気を付けますが、気持ちが不安みたいです。
    親切な友達が、一年生のときから、誘ってくれたんですけどね。

    それから、トイレの動画をみては、うれしくて、部屋中スキップという姿も、おもしろいな、かわいいな、と思います。たしかに、天才!特技!仕事にいかせる!など、素人?は思いがちですが、趣味だから楽しいんですよね。
    でも、ほんとにすごいし細かいから、テレビにでたら、有名になってしまいますよね。

    • 立石美津子 より:

      1人通学は4年生か5年生くらいからです。それまでは私が送っていきました。後をついて行ったり徐々にです~!

  7. 蓮根 より:

    そうなんですね!
    ちょっとほっとしました。
    もう少ししたら、親子ともに、安心して、一人通学できるかな。
    徐々に、ですね!
    短い距離から、一人登校練習してます。
    週の前半は、登校しぶりがあり、遅刻で学校まで送っていってますが……。
    ありがとうございました。

  8. hironism より:

    松永さんの本、一気読み致しました。
    「普通や人並みという呪縛からの解放と自由」の困難さをかみしめております。

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