2019.03.01

育てる中で親になっていく、障害児は存在意味がないのか。

今日のブログは鳥取市人権情報センターへの寄稿記事です。

かなり長いです!でも一生懸命書きました!

最後まで是非読んで下さい。シェア大歓迎です!

 

(記事)

誰も好んで「障害のある子が欲しい」とは思わない。

 

 

「五体満足な子」「健康な子」「元気な子」、更には「優秀な子」が欲しいと願うのは、ある意味これから親となる人にとっては当然の感情である。

 

 

障害のある子、普通ではない子は不幸 だと考えるからだ。それは個性を大切にと言いつつ、学校に行けば成績で評価され、右に倣えの社会であるからだと感じる。

 

 

でも出産前は五体満足の子であれば、男の子でも女の子でもどちらでもいい。元気に生まれてきてくれれば、それで十分」と妊婦は時に口にする。

 

■出生前診断

出生前診断の根底にあるのは「障害を持つ子はいらない」という発想だ。

 

 

私も障害児教育に携わり、特別支援学校の教員免許を持ちながら、自分が18年前に出生前診断を受けた。

(↓ 1995年 教育実習生時代)

羊水検査を受けてから結果が出るまで1か月間、泣きはらし「産む、産まない」と悩んでいた。

 

 

医師から「何を迷っているのですか。障害児だったらいらないから、そもそもこの検査を受けたんでしょ」と嫌みを含んだ言葉で叱責された。これは正論であった。

 

 

どうしてかというと、どんな子でも産むつもりの人は、この検査は受けないからだ。

 

 

結果は「おなかにいる子は13トリソミー・18トリソミー・ダウン症・二分脊椎ではない」だった。安心し子どもを産んだ。

ところが、2年後「自閉症」と診断された。診断した医師に対して「自閉症である筈かない」と食ってかかった。

 

 

息子は食物アレルギーもありアナフィラキシーショックを度々起こしていた。「言葉も話さない。食べるものもない。こんな子はいらなかった」と叫んだ。

 

 

息子は自傷行為が激しく身体が傷だらけ。「一生これが続くのではないか」と絶望的な気持ちになった。

 

 

そしてダウン症児を見て「羨ましいな、可愛いな」とまで思った。ダウン症児にも重度の子、そうでもない子もいるが、言葉がなくても表情を通して少なくとも息子よりは意思疎通がとれていたからだ。

 

 

そして「ダウン症児かどうか判断する検査を受けたことはつくづく意味がなかった」と思った。

 

 

■障害受容のプロセス

精神科医のキュブラー・ロスの著書“死の瞬間”に次のように書かれている。

 

否認・隔離…自分が死ぬことは嘘ではないのか

怒り…自分が死ぬことについて怒りを周囲に向ける

取引…なんとか死なずにすむように取引をする

抑鬱…なにもできなくなる

受容…死を受け入れる

 

障害の受容の過程は上記と似ている。障害児の誕生は親にとっては「期待した子どもの死」と言われている。

 

 

“死”で完了ではなく、障害児の親となった人はその先に障害のある子を育てていく人生が待っている。

 

 

それは苦しい人生なのか、そうではないのか、母親として未熟だったころはわからなかった。

 

 

■鉄格子の子

私も誤診と思い(否認)、診断した医師を恨み、「言葉を話さないのは、耳が聞こえないからだ」と耳鼻科を梯子し、聞こえが正常であると分かると、精神科のドクターショッピングをし(怒り)、療育に期待し(取引)、保育園で孤立した(抑鬱)

 

 

(↓ 保育園時代、周りの子ども達は集団行動とれているが、息子は一人勝手に本を見ている)

ところがある日、偶然、精神科病棟の鉄格子のなかに閉じ込められている少年に出会った。

 

 

その子は障害を理解されない育てられ方をした結果、二次障害(自殺、他害、精神疾患)を起こして、閉鎖病棟に閉じ込められていたのだ。

(↓ 後ろに鉄格子の部屋が見える)

部屋は鍵がかけられているだけではなく、身体を縛る抑制帯(身体拘束をするベルト)が椅子とベットにぶら下がっていた。

 

(身体拘束具)

これを見て衝撃を受けた。

 

 

 

「我が子が鍵付きの部屋で身体拘束されているという状況にいる親は、どんなに辛いだろうか」と考えた。息子の将来と重なった。

 

 

そして…

 

「障害を受け入れたくないなんて言っている場合じゃないんだ!普通の子に育てようとして叱ったり、引っ張り回したりしていると、近い将来、不登校、自殺、他害、精神疾患などの二次障害に陥り、ここに入院することになる。

 

子どもを変えるのではなく、私自身が変わらないとだめなんだ」と一気に目が覚めた。

 

 

ここまで到達するのに一年かかった。これはまだ早い方かもしれない。私の周りには、5年経っても10年経っても受け入れられない親もいる。

 

 

障害が軽ければ軽いほど受容は難しくなる「私が一生懸命育てれば普通の子になるのではないか」と錯覚してしまうからだ。

 

 

更に親から認められていない子どもは、当然のことだが、担任、ママ友、クラスメートにも障害があることが知らされない。

 

 

結果、子どもにとって家庭がオアシスではなくなり、学校でも理解されず居場所がなくなる。虐待されたり、壮絶な苛めに遭うこともある。そして拗らせた結果、不登校、自殺念慮を起こし入院している子もいる。

 

 

■価値観の作り直しの作業

障害を受容してからも、親自身が健常者であれば健常者の脳で子育てをしてしまう。「こうであるべき」という枠組みをごり押しして、時に我が子とぶつかる。私がそうだった 。

 

 

いくら「友達と遊ばせたい」と思っても、息子は一人で遊ぶ。言葉が出たのは小学校に入ってからだ。

 

 

その言葉も健常者のいわゆる相手との言葉のキャッツボールのコミュニケーションではなく、オウム返しだったり、林檎の銘柄を延々と喋っているという単語の羅列で、本当の言葉ではなかった。

こうして子育てしているうちに、私自身が自閉症者の世界に歩み寄り自閉症児の親として様々なことを学習していき成長した。

 

描いたこと、例えば

「2歳までには言葉を話して」

「6歳になったら学校で友達をたくさん作って」

「集団行動がとれ」

という“理想”“普通”“人並”“世間体”“基準”を捨てて、ゼロから新しい価値観を作り直した。

 

 

今まで築いてきた「こうあるべき」と決めつけていた価値観がガラガラと崩れ、私自身が“普通という名の呪縛”から解放され、世界が広がった。

 

 

無理強いしそうになったときは、脳裏に鉄格子の少年の姿が蘇り、ブレーキがかかった。

 

子どもの幸せのために寄り添い、伴走するようになった。

 

 

■健常児の子育てと通じるもの

障害がなくても、人生には予期せぬ出来事が起こる。我が子が不登校になることもある。病に侵されることもある。

 

 

事故にあって障害者となることもあるだろう。精神疾患に罹ることもある。

 

 

生まれた瞬間は「五体満足で元気であればそれで十分」と思っていた親も、“比べる病”に侵され、ママ友の子や兄弟姉妹と比較し出来た出来ないと一喜一憂して、可愛い子、頭のいい子、人より優れた子、理想の子に近づけたいと思う。

 

 

誉める時も「○○するからいい子」の条件を付けてしまう。

 

こうして焦って子育てしている人も、様々な人生経験を通して、育てる中で親となっていく。

 

 

反抗する子も、いじめにあって不登校になった子も無条件の愛で受け入れる。「世間並」というしがらみから解放され、親として成長していく。

 

親は自分の子どもをありのまま愛する能力を少しずつ付けていくのだと思う。

 

 

そういった意味では障害児の受容は、健常児の子育てにも通じる部分が多くあるように感じる。

 

 

■弱者に優しい社会は誰にとっても住みやすい社会

自身のブログに特別支援学校でティシャツに絵を描く授業があることを書いた。すると。そのことについて次の書き込みがあった。

「こんな幼稚園でやる内容を17歳が学校でやってくるとは・・・・。やはり知的障害者の教育に我々の血税を費やすよりも本当に勉強したくても経済的事由で学校に行けない健常者にその税金を回すべきです。

 

そのほうが日本経済に間違いなく寄与します。

 

知的障害者なんて社会の役に何もたたないし(むしろお荷物)特別支援学校は廃止にして自己責任で家で世話するほうが良いのでは。普通の17歳は今、大学受験の勉強で必死なんですよ」

 

悲しい書き込みであった。

 

障害者は無駄な存在なのだろうか。

 

 

何気なく使っている地下鉄の通路の張り付いたガムをヘラではがす仕事をしている人、公衆トイレの掃除、公園清掃。作業所の安い工賃で嫌な顔一つせず、懸命に働いている。

 

 

こんな人たちの支えがあることに気が付いていないのだろうか。みんながエリートだと、社会は回っていかない

 

東京都自閉症協会は、相模原障害者殺傷事件から2年が経ったこの夏に声明を出した。

「障害者の幸せはあらゆる人の幸せにつながっている」

 

この世の中で最も弱い人たちを守れなければ、私たちは幸せになれない。

 

 

単一な中に、学ぶものは何もない。多様な中に学びがある。価値観が唯一な世界に進歩はない。

 

 

勉強が出来る子・出来ない子、運動が苦手な子・そうではない子、貧困な家庭に生まれた子・裕福な家庭の子、外国籍の子、車いす、視覚障害、聴覚障害、LGBT、赤ちゃん、老人…多様性を受け入れる社会でなければ、皆が生きづらくなる。

 

 

障害者が生きることで、ただ存在することだけで私たちは多くの学びと気づきを得ることができる。

 

 

■正しい知識を持って、選択できるように

今、条件が合う希望者には新型出生前診断が行われている。母体の負担もなく簡単に出来る検査だが、陽性の場合は診断確定のため羊水検査を受ける必要がある。

 

 

結果により「産む、産まない」の重い決断を迫られ、9割以上が中絶している現状がある。

 

 

染色体異常は胎児に見られる異常のうち1/4を占めるに過ぎない。出生前診断で陰性であっても病気や障害がないとは言えない。

 

分娩時の事故で障害を負う場合もあれば、視覚障害や聴覚障害、自閉症かどうかは検査ではわからない。

 

 

「第1子に染色体異常があったので検査を受ける」「親亡きあと兄弟に負担がかかる」と考え、出生前診断を受ける人もいる。家庭によって事情があるので是非は問えない。

 

 

ただ、人は“分からないこと・見えないこと”には不安を抱くものだ。「うちにはお金がないから、障害児を育てられない」と漠然と考えて中絶する人もいると聞く。

 

 

でも、障害がある子どもを育てる家庭には、特別児童扶養手当や税の減免等もあり、様々な福祉サービスが用意されている。

 

 

私は障害児の親となったことで障害児のコミュニティの中で日常を送っている。息子よりもはるかに重い障害の子もいる。

 

 

ただ、障害の重さに「軽重」はない。良くしゃべる知的遅れのない発達障害の子は人間関係でつまずき茨の道を歩んでいる。

 

 

重い自閉症の子の親は片時も目を離せず休まらないこともある。それぞれのご家庭に喜び、苦労があり子どもを懸命に育てている。

 

 

そして、周りの親たちは苦労はあっても少なくとも悲壮感満載ではない。それなりに日々、楽しんで生きている。

 

 

これはかけがえのない我が子を育てているという親自らの存在価値を感じることができることと、普通という呪縛から解放されているからだと思う。

 

 

■今

NHKの障害者番組“バリバラ”で、「この実を食べさせたら、自閉症が治ります」という実を差し出されたらどうするかというテーマの放送があった。私はこの実を捨てるだろう。

 

どうしてかというと、息子から自閉症を取り去ってしまったら、息子ではなくなってしまうからだ。

 

もう一度妊娠することが出来てもこの子がいい。強がりでも負け惜しみでもない。心からそう思える。

 

母親として未熟だった頃「障害児だったら育てられない」と検査を受けた自分が嘘のようだ。

 

 

出生前診断のハードルが低くなった昨今、技術だけの進歩で検査の意味が伴っていない。ネットを検索すれば「当院では簡単に検査が出来ます」の広告の情報が溢れている。

 

 

もし検査を認めるのであれば、産まれても生きながらえることが難しい非常に重い障害に限定するなど、国としてのルールを決めるべきだと思う。

 

 

ルールなきまま利用が広がれば、判断を迫られる親たちは、私のようによりどころなく苦しむことになるからだ。

 

 

そして、検査を受ける人は実際に障害のある子を育てている親の話を聞く機会を持ち、本当に不幸なのかそうではないのか情報を集めて中絶 するかしないかを決めてほしいと願う。

 

 

障害があっても何とかなる。毎日、部屋中を飛び跳ねて楽しそうにしている息子を見て「産んでくれて有難う」と言ってくれている気がする。

 

私より背が高くなった子を見て、心からそう思える。

 

そして、息子がその生涯を終える瞬間、私はこの世にはもういないが「僕の人生は誰にも負けないくらい幸せだった」と言えることが私の夢である。

最後に医師・松永正訓氏の書籍を紹介したい

私達親子について書かれたノンフィクションだ。発達障害について関心を抱いている人達だけではなく、自分や自分の子どもは健常者だと信じている人たちにもぜひ読んでもらいたい。

 

最後までお読み下さり、有難うございました。

また金曜日、寄って下さいね!

amzn.asia/d/dj4Upcw

amzn.asia/d/e1v855q

カテゴリー:正直なつぶやき

コメント(47)

  1. とっと より:

    発達障害ではなく発達特性者なのですよね〜〜
    特徴があるだけなんです。
    子どもとして生まれてきてくれて、大きくなって、それが嬉しいということは変わらない。
    ただ特性が強い?多くの様々な特性。害ではないのです。
    日本人は豊かな言葉を使いますが、障害に関して使われている言葉は無責任に考えられたその場しのぎの悲しいものだと思う。改善していきたい。

    • 立石美津子 より:

      社会に対して障壁があると言う意味の「障害」ですよね。

  2. 匿名 より:

    発達凸凹などともいいますよね。
    今日ブログ(記事)も感動的でした。
    勇太くんのTシャツに関する書き込み、ほんとに悲しい。
    優しい社会、弱者に優しい社会、って、綺麗事でしょうか?そうじゃない、と、強く願いたいです。

    • 立石美津子 より:

      読んで下さり、有難うございます!!一生懸命書きました!!

  3. ひよこ より:

    読みながら、頷いてしまいました。Tシャツの書き込み本当かなしいですね。いろんな方がいて社会が成り立っていってるのに…。

  4. 立石美津子 より:

    ほんと、悲しい書き込みでしたね

  5. 匿名 より:

    大学受験、大いに結構。がんばれ!
    でも、「みんなちがってみんないい」
    「みんなちがって、みんなおんなじ」
    それでよいじゃないか。
    みんな一生懸命に生きてるんだ。

    わたしは、出生前診断うけませんでした。
    病院で張り紙はみましたが、すすめられもしなかったし、生むという決断しかなかったし。
    不妊治療をして、奇跡的に授かった大事な赤ちゃんだったので、妊娠ハイでしたね(笑)
    でも、「健康で、健常で、障害児でなく、自閉症でなく」と、強く願っていましたよ。
    不幸、とは思わないけれど、やっぱり、現実、生きづらいし、苦労したらかわいそう、健常だったら、自分の力で、たくましく、生き抜いていける!と思ったからです。
    軽度ならではの苦労もあります。
    普通社会では異質だが、障害者のなかではもっと大変なかたがいて、うちはらくなほうなのか、でも、大変だ、つらい、と……。
    それも、贅沢な悩みなのか。
    障害者、障害児、も、ひとくくりにできませんよね。
    理解が不十分でもいいんです、ほんの少し、優しい気持ち、あたたかい気持ち、で、見守ってくれれば。
    ここにいていいんだよ、といってくれれば。
    生産価値ってなに?世の中のやくにもたつけど、自分も潤い、良い暮らしもできる、自分のためでもあるじゃないか。
    子供を産まない女性だって、働いたり、家族のために家事をしたり、地域活動したり……、世の中の役に立ってる。

    わたしも、息子の幸せのために、がんばります!
    ありがとうございました。

    • 立石美津子 より:

      お互い息子の幸せのために頑張りましょう。価値のない人間なんていないと思います~!

  6. 匿名 より:

    (^-^)v
    そうですね。

  7. ゆうママ より:

    ダウン症と自閉症合併の1人娘を育てている者です。涙ながらに読ませていただきました。私自身も長い不妊治療の末授かった娘の障害受容に苦労しましたが、今は立石先生とご一緒で、娘なくしての人生など考えられません。
    障害者が世の中にいることには必ず意味があるのだと思います。そして障害児の母親という立場になり、障害を持つ方から学ぶこともたくさんあることに気付きました。子供達の持つ素晴らしい力が理解してもらえるような優しい世の中になってくれることを望みます。

    • 立石美津子 より:

      読んで下さってありがとうございます。私も「息子なしの人生」なんて考えられないくらい私にとって生きる喜びとなっています~

  8. くみくみ より:

    12/30に投稿した『くみくみ』です。
    うちは困るほどではない軽いアスペ、そして去年統合失調症を発症した、中3です。羊水検査もしました。健康な子供が産まれ育つと信じていました。誰でもそうですよね。

    自閉症が治る実があったら食べないとおっしゃる立石先生、本当に素晴らしい•••というより羨ましいです。心から受容されている姿が。

    私はいつも思うのです。もしも神様がひとつだけ願いを叶えてくれるのなら、統合失調症を発症する前の息子に会いたいと。

    こちらのブログではカテゴリー違いかも知れないのですが、健常だった期間が12年あるため、受容しづらいのです。人並みに幸せな生活から地獄に落ちた気がしました。
    それでも、本人が辛さを感じていなくて好きなように生きている、その事はありがたいと思っています。
    普通でないと知ったときからは、親としての新しい価値観を構築する作業をする時間だと何かで読みました。まだ作業中です。心から笑える時が来ますように。。。私も。そして受容過程の途中のみなさまも。。。。
    9個つらくても1個うれしい事を見つけるようにしています。

    • 立石美津子 より:

      こんな例は失礼かもしれませんが、生まれつき視覚障害の方と、途中失明された方と似ているような気がします。後者の方が苦しいと言います。

      精神の病を最初からもって生まれてくる子はいないので親としては辛いですよね。

      なんとか受容できますように…

  9. 匿名 より:

    くみくみさん
    「本人が辛さを感じてなくて、好きなように生きている」いいですね。

    わたしも、息子がそんな風に生きていってくれたらいいな。
    「辛いことを乗り越える」
    乗り越える高さが、健常者とは違いますから。
    成長して、経験を積んで、対応できるようになる、立石先生の言葉、息子さんのすがた、
    それでいい、とわたしも励まされました。

  10. 匿名 より:

    子供は自閉・知的障害がありますが、今本人が日常生活の中で周りの障壁、障害を感じています。
    本人が「なぜ」と世の中に疑問に思い始めています。
    子供が安心していられる場所を求めていく日々でしたが、そうではない、障壁だらけの日常です。
    障害は個性でもなんでもなく、周りの障害とのたたかいだったと振り返ると思えます。
    受容は、ボーダーといわれた頃は診断がつかず受け入れられませんでしたが、療育やさまざまな活動の中でだんだん諦めがつき、「子供がいじめなど知らずに幸せに生活をおくれる環境を選んだほうが良い」との知人の言葉で、気持ちが変わりました。(実際は選択が甘かったのか、嫌がらせを受けたこともありますが…)

    • 立石美津子 より:

      障害は個性ではありませんよね。個性だったら視覚障碍者も個性になってしまいますよね

  11. ユリー、 より:

    知的障害の支援学級担任で、私自身も発達障害があります。そんな奴に担任もたせて、親は心配じゃないのか、とか仕事変えるべきだとか言う同僚もいます。
    全部読みました。まだ夜の中は障害者に厳しいですね…。でも、少しずつでも変わっていけば。と願っています。

    • 立石美津子 より:

      先生なのですねー読んでくださりありがとうございます^_^

  12. かおり より:

    順番だと私たち親が先に死んでしまいます。息子は理解してくれるのかなー。
    本当に全て立石さんに共感します。幸せだったなって思える人生になってほしい。願いはそれだけです。
    想像するだけで泣けてきちゃうー(>_<)

    • 立石美津子 より:

      息子は永遠に私が生きると思っています。困ったな~「亡き後」想像するだけで悲しい。。。

  13. ミリミリ より:

    手足拘束の病院に入っているの…辛い。
    と友人からメッセンジャーがきます。
    一週間の手足拘束で、
    汚れた下着や寝間着をビニール袋に入れて渡されるそうです。
    日本の人権を無視した医療に疑問を感じます。

    我が子を想う母の気持ちは、
    どんな環境、状況、状態であっても同じです。
    世界中の写真の中から、
    日本の
    この人にしよう!
    と自分を選んでお腹に入ってくれたのですから。

  14. 立石美津子 より:

    松沢病院の創立者が確か「この国に生まれたという不幸」と述べたそうです。それだけ遅れているということですね。
     ↓
    「我が国十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の外(ほか)に、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」――精神疾患のある人々が置かれた状況を100年前にそう表現した、

  15. りん より:

    ゆっくり、全部飲み込むように読ませていただきました。うちの子は知的にはそこまで遅延がありませんが、社会性につまづき、対人関係に茨の道….本当にそうだと思います。成長して問題行動の頻発、支援学級では 「でも、あなたのお子さんは 知的に問題なくていいわね?読み書きも普通にできるし私たちの苦しみなんてわからないでしょう?」と言われて、返す言葉がなかったのを覚えてます。笑、
    娘が発達障害じゃなかったら知りえなかったことがたくさんあるのでよかったと思ってます。
    でも、世間ではやはり発達障害の認知度の低さによる偏見がたくさんあって、当事者じゃないと理解できないこと、共有できないことがあるのは仕方ないがないけどいつかは、そういう 障害という垣根を超えて 俯瞰的に物事を考えられる世の中になっていけばいいですよね。

  16. 匿名保護者 より:

    3/1に保育園での講演会に参加させていただいた保護者です。当日は貴重なお話をありがとうございました。
    健常児の保護者がほとんどの普通の保育園での講演は、障害をお持ちのお子さんの保護者向けとは違った反応もあったことと思います。普段の仕事と家庭の往復の生活のなかではなかなかお伺いできないようなお話しもあり、ぜひ今後とも健常者の保護者向けの活動も続けていってもらえたらと願わずにはいられません…もちろん、ご自身の無理につながらない程度に…。

    • 立石美津子 より:

      御参加ありがとうございました^_^色んな引出しを増やして講演していきたいと思っています^_^

  17. さかな より:

    ゆっくり、全部飲み込むように読ませていただきました。うちの子は知的にはそこまで遅延がありませんが、社会性につまづき、対人関係に茨の道….本当にそうだと思います。成長して問題行動の頻発、支援学級では 「でも、あなたのお子さんは 知的に問題なくていいわね?読み書きも普通にできるし私たちの苦しみなんてわからないでしょう?」と言われて、返す言葉がなかったのを覚えてます。笑、
    娘が発達障害じゃなかったら知りえなかったことがたくさんあるのでよかったと思ってます。
    でも、世間ではやはり発達障害の認知度の低さによる偏見がたくさんあって、当事者じゃないと理解できないこと、共有できないことがあるのは仕方ないがないけどいつかは、そういう 障害という垣根を超えて 俯瞰的に物事を考えられる世の中になっていけばいいですよね。

    • 立石美津子 より:

      障害は軽くても生きにくさは重いと思います。また買い物、身辺自立している軽度の方をとても羨ましく思うこともまた有ります^_^

      本当の辛さは当事者でないと分からないですよね

  18. 自閉症児の母親 より:

    テレビとかで、障害をもったお子さんを生んでよかったという場面を見ます。

    でも、私はそう思えない母親です。
    息子の障害は、受け入れています。
    言葉のない息子、こだわりも強く、真似もしなく
    何かを教えようとすると、すぐに癇癪をおこし、
    物や私にあたる息子との生活は、本当に大変です。

    でも、息子が嫌がっても諦めずに少しずつ
    ガイドをいれて、何年もかかって教えると、
    少しずつ出来る事が増えます。
    その時の喜びは何物にもかえがたいです。

    普通ってなんなんでしょうね。
    一般的にいう普通は、息子にとったら普通では
    ないです。

    世間一般の方に、障害のある方を理解し、
    知ってもらうためには、やはり地域で
    生活できる環境を作らないと難しいですね。

    支援学級のある学校がもっと増えて、
    どんな子でも地域の学校に通えるシステムができれば、
    良いなぁ~と思います。

    インクルーシブ社会にするには、お金もかかり、
    人も要ります。
    知らないからどう対応して良いかわからない、
    怖い、変な人となるのだと思います。

    私も自閉症の息子を持って、知ったことが多いです。
    まぁ、皆に理解してもらおうとは思いませんが、
    優しく見守って、世の中にはこんな人も
    生活してるんだよと知ってもらえるだけで、
    有り難いと思ってます。

    ただ、生きてる価値があるなしの判断は
    誰にもできません。
    どんな人にも生きる権利、生活する権利があります。

    障害がある息子との生活に疲れて、
    何もかも投げ出したい事もありますが、
    可愛い、真面目だなぁ~と思えることもあります。

    息子が、親なき後も、元気に楽しく生活できる環境を
    つくってあげたいです。
    私が元気なうちは、悔いのないよう出来る限りの事を
    していくつもりです。

    私自身、自分が生きている価値があるかなんて
    考えたことがないです。
    でも、どんな人も生きている意味が何かしらあると
    漠然と思っています。

    • 立石美津子 より:

      確かに「病気になって良かった」とか「障害のある子を産んでよかった」の綺麗ごとありますよね。

      あと私は「障害がある子はピュアだ」も言い切れません。

      息子よりずっと重度で成人しても暴れ他害し、体中傷だらけの子がいます。もし息子がそうであったら受け入れていたかどうか、自信が私もありません…

      当事者の親になってみないとわからないことってありますよね

  19. 石川輝男 より:

     号泣しました。自分が出来ることをこつこつとやっていきたいと思いました。ありがとうございます。

  20. たけのこさん より:

    果実の話ですが、人によってほしい果実はちがいます。
    私はそれぞれの考えもあるし。
    果実がなくても、教育によっての変化はありますよね。
    その変化が悪い方向ではなく、よい方向のほうがいいなー、とは思います。

  21. 匿名 より:

    バリバラのドラマ、みましたよ。
    果実、そうですね~。
    自分が障害者だったらどうかな?
    体の障害、脳の障害、いろいろありますものね。
    我が子は、自閉症、健常、関係なく、唯一無二のむすこなんで、わからないかな。
    本人は、どう思うかな。

    アルジャーノンも、天才になったけど、やさしさのような大事なものが失われていき、ラストはもと戻にり、ハッピーエンド?みたいなかんじでしたが。
    本は読んでないけれど、山ピーのドラマで見ました。

    やはりドラマで、盲目の美少女が、美男ではない中年男性の献身的な支えで(労力もお金もすべて美少女に捧げる)、目が見えるようになる。
    目が見えるようになった美少女は、支えてくれた彼を拒絶し、イケメンで若い社会的地位もある、(目の手術をしてくれた)医師と恋に落ちて結ばれる。
    支えていた彼は、目が見えるようになり、好きな人とむすばれ、彼女が幸せなら、と、身を引く……。
    新しい彼からも「彼女にふさわしくない」といわれてしまう。

    すべてを捧げてしまったので、お金もなにもかも、なくなった元カレ(恋人ではなく、ただただ、彼女に尽くしていた)は、ラストはピエロの仕事をしていました。
    盲目の時は、自分に感謝し、大好きでいてくれた彼女が、自分を選んでくれる期待をもちつつも、目が見えるようになったら、離れていくかもしれない、それでも、手術をうけさせてあげたい、という好きな人のしあわせを願う気持ちの方が強かったのかな。
    絶望して、自殺したり、彼女や新しい彼に復讐もしない。
    ピエロになって、こつこつ生きていくだけ。
    すごくやさしい人だと思うけど、自分の傲慢さ(献身の見返りを期待)にも気付き、みをひいた。でも、やっぱり弱いときから支えてくれた彼は、強くて優しいと思いました。
    心に残るドラマでした。

    童話をもとに、1話完結のドラマだったと思います。

    立石先生、永遠に生きてください。
    息子さんの命あるかぎり、息子さんの心に、立石先生も生き続けます。
    長生きしましょう。
    うちのこは、お母さん死んだら、僕も死ぬ、といってるから、それはダメ、といってますが。お母さん長生きするから、あなたも長生きして、と伝えています。
    幸せな記憶(生きる力)をたくさんもって、大人になって、元気で楽しい毎日をすごしていってほしいです。

    長文失礼しました。

    • 立石美津子 より:

      そのドラマ見たいです。タイトルは?どんなでしたか?
      長生きしたいです。但し元気で!!ですね

  22. 匿名 より:

    そーなんです、親は元気で長生き!なんですよね。
    切実なんでしょうけど、立石先生と息子さんのようす、ほっこりしてしまうんですよね。
    「おかあさんは、永遠に死なないと思ってる」というのは、立石先生が、息子さんに、確固たる安心感を与えている証拠ですよね。
    野田聖子さんも、自分で「鉄母」とおっしゃってますが、立石先生も、鉄母、鉄の人、と思います!だから、むすこさんも、「おかあさんは、死なない」と思うのではないでしょうか。
    わたしも、鉄の女になりたく、目指してるのですが……、弱弱で、修行が足りません。

    テレビで、自閉症の20代のイケメンの男性、料理の盛り付けなどもして、しっかりしてました。おかあさんが、ガンで、息子のことが心配
    、とおっしゃってました。が、お母さんの通院や外出に付き添い、おかあさんが歩くのが辛くなってくると、手をさしのべてくれる、やさしいむすこさんなんです。
    スタッフに、お母さんの病気のことを聞かれると「治るといいです」とこたえていました。

    骨肉の争いをして、せわもせず、遺産だけもらおうとして、遠くにいって、顔も見せないエリートの男性より、
    ずっと、頼りになるではないか!
    いいこだ!と思ってみました。
    何もめんどうみず、親が死んでから後悔で泣く、健常の男性より、よっぽどいい。
    その、自閉症の男性は、お母さんとのお別れも、悲しむでしょうけれど、乗り越えていける強さが、わたしにはつたわってきました。
    自閉症で、性格の良いこは、あんがい、健常の人より、強くてやさしいのではないか、と、我が息子のすがたもかさねながら(親バカです)、思うのでした。

    • 立石美津子 より:

      テレビで、自閉症の20代のイケメンの男性のお話良いお話ですね。。鉄母死にたくありませんけど。。。

  23. 匿名 より:

    ドラマは、「世紀末の詩」の第2話『パンドラの箱』でした。
    1998年、野島伸司さんのドラマです。
    他の回もよいです。
    1話完結ですが、最後につぎのゲストが出てきたり、かかわったりして、つながっていったようなきがします。
    わたしも、他の回も含め、みたくなりました。
    野島作品は、障害者もたくさんでてきて、人格障害みたいなのもでてきたり、やくざなど社会からはみだしたキャラや、タブーをあつかったり、虐待、援交、など、
    暗い部分もありましたが、役者さんがたの演技もよく、わたしは結構好きでした。
    いしだ壱成や、香取慎吾も、知的障害の役をやっていましたよね。

    「アルジャーノンに花束を」も、野島伸司さんの作品でした。

    • 立石美津子 より:

      情報ありがとうございます!私も野島監督のドラマ見ていました~!!

  24. レン より:

    すみません、立石先生ご自身が入院され身体拘束されたお話が他の記事にありましたが、それとは全く違うお話なんですね? 心身の不調はある日突然来たりするもので、そこは回復を待つしかありません。。

    • 立石美津子 より:

      そうなんです。私が入院していたのは三鷹の長谷川病院で、写真は都立梅が丘病院ですよ

  25. S.Sママ より:

    はじめまして。
    3歳の自閉症を持つ母です。
    3歳になったと同時に自閉症と診断されて、受け入れたつもりでも近所の元気な子供や、ママ友の子供をみるとやはりつらいです。将来どうなるのだろうか…と漠然とした不安にかられてしまいます。
    発達障害に生まれて。を読みました。鉄格子のなかの子供のイメージが強く脳裏に焼き付きました。恥ずかしながら二次障害の知識がありませんでしたので衝撃でした。息子がこうなったら…と想像すると本当にこわく、かわいそうだと思いました。そして、私はただただ不安になっているだけでは駄目なのだと、目が覚めました。
    また不安に駆られることがありましたら、再び読ませていただきちからをいただきます。ありがとうございました。

    • 立石美津子 より:

      本を読んで下さり、ありがとうございました!3歳の頃は私も先が見えず、不安でいつも泣いていました。

      でも、今は息子の子育てが楽しく生きがいです!でも、もし無理させてこじらせてしまったら、今はないと思っています。

      二次障害になると親子とも地獄です。。

      また寄ってくださいね!

  26. ちゃゆの母 より:

    はじめまして
    4才自閉症、中等度知的障がいの娘を持つ母です。
    娘が大好きですが、立石先生のように、自閉症が治る実を捨てることはできません。どうしたらそうなれますか。
    娘は可愛くて大好きです。
    さくらさくらんぼ保育の園に行っていますが、側転、とび箱、いろいろできる定型発達の親さんたちは、誇らしげです。どんなに頑張ってもみんなのようになれません。
    つみきの会、児童発達支援、コロロ発達療育センター、などやって、フルタイムで働いて。。。
    少し疲れてきました。
    でも、今も隣で寝ている娘は大好きです。
    ちなみに、40才で出産しました。健康、長生きもがんばらないと!です。

    • 立石美津子 より:

      子どもが4歳のときは私も一番しんどかったです。ぜひ、「発達障害に生まれて」を読んでください。きっとお役に立てることが書いてあると思います!

      • ちゃゆの母 より:

        返信いただけるなんて!
        ありがとうございます!
        読んでみますね。昨日は、保育園の卒園式で、認可外のちいさな園なので、在校生の親たちも出席です。なんだか落ち込んで、寝る前に立石先生のブログを読んで泣いていました。
        読んでみます。
        ありがとうございます。

トークショー依頼はこちら
立石美津子オフィシャルブログ ちょっと聞いてよ

好評発売中!

1人でできる子が育つ「テキトー母さん」のすすめ

立石美津子著 『1人でできる子が育つ「テキトー母さん」のすすめ』

amazon.co.jp
1人でできる子になる 「テキトー母さん」流 子育てのコツ

立石美津子著 『1人でできる子になる 「テキトー母さん」流 子育てのコツ』

amazon.co.jp
立石流 子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方

立石美津子著 『立石流 子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方』

amazon.co.jp
心と頭がすくすく育つ読み聞かせ

立石美津子著 『心と頭がすくすく育つ読み聞かせ』

amazon.co.jp
「はずれ先生」にあたったとき読む本

立石美津子著 『「はずれ先生」にあたったとき読む本』

amazon.co.jp
きれいにかける ひらがな

立石美津子監修 『おうちレッスン・きれいにかける ひらがな』

amazon.co.jp
きれいにかける カタカナ

立石美津子監修 『おうちレッスン・きれいにかける カタカナ』

amazon.co.jp
「発達障害に生まれて

松永 正訓著 『発達障害に生まれて』

amazon.co.jp