2019.06.28

いっぱい殴って、いっぱい蹴って俺を殺して

今日のブログは長いです。

 

こちらの冊子に寄稿した。その流れて他の方が書かれていた文章を読んだ。

これほど心に刺さる文章に出会ったことがなかった。

全ての発達障害の子を育てる親御さんに読んでもらいたいと思い、投稿者である粂澤さんに許可を得て載せています。

是非、最後まで読んでください!

 

 

優生思想からの脱却  粂澤まなみ

・優生思想とは 

「優生思想」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。初めて聞いた、どういう意味か分からない、という人も少なくないと思います。

 

 

私もこの原稿を書くにあたり本来の意味をインターネットで検索してみましたが、ダーウィンやらナチスやら、小難しいことばかりで全てを理解するのは無理でした。

 

 

近年の出来事でメディア等で見聞きした事例で言えば…

 

 

旧優生保護法のもと「疾患の遺伝を防止するため」という目的のため行われた強制不妊手術に対する謝罪や補償を求める裁判

 

 

障害者は社会に不必要だという個人の思想から障碍者施設で大量殺人を犯した相模原障害者施設殺傷事件等が優生思想により起きた代表的なものと思います。

 

 

皆さんもテレビで流れる報道を見聞きして色々感じたり、その感じたとを家族や友人と話すことがあったかもしれません。

 

 

しかしその多くは現代よりひと昔前の考え方の違う時代にあった政策、突飛的思考に支配された異常者が起こした痛ましい事件、と自分たちとは関係のない世界で起こった他人事だと感じているはずです。

 

 

ですが私はこの二つの出来事、つまり優生思想は今のこの現代社会に浸透した問題であると感じています。

 

 

どうしてそう思うのか。その経緯は私と十二歳の発達障害をもつ息子の歩んできた道の中にあります。

 

 

 

・自分の中に存在した優生思想

私の息子は発達障害(注意欠陥多動性障害)です。初めて発達障害の疑いを指摘されたのは五歳の時でした。

 

 

そこから正式に診断がつくまで一年と少しのグレーゾーン(診断はついていないが疑いのある状態)の間、私は「どうか息子に障害がありませんように」と祈り続けました。

 

 

親が我が子が人生をできるだけ困難なく過ごせますようにと願うのは、ごく当たり前の感情です。しかし私の願いは純粋に息子の人生を心配するだけのものではありませんでした。

 

 

当時の私には〝自分の息子が障害者なんて嫌だ〟という自分でも驚くような気持ちが確かにありました。息子に障害の疑いがかかるまで私は特別障害者を軽視したり差別しているつもりもなく生きていました。

 

 

福祉の仕事をしていた経験もあり、どちらかといえば理解があるほうだと自分では思っていましたので、障害という他人事の問題が他人事ではなく、我が子の問題、自分事となった時初めて自分の奥にある見て見ぬふりをしていた見たくない感情に気づかされたのです。

 

 

正式に診断がついてから、表面は障害を受け入れたように振舞いましたが、本心では「障害児は嫌だ」と思っていた私は、息子の障害の特性に寄り添った療育ではなく、とにかく息子を【普通】にしようと頑張りました。

 

 

学校の同級生と同じレベルの生活がおくれるように、息子の出来ないこと、苦手なことを克服させようと色んなことを試しました。

 

 

それが息子のためなのだと本気で思っていました。しかし私が息子を【普通】にしようと頑張れば頑張るほど、息子は苦しみ精神不安定になっていきました

 

 

発達障害は脳の機能障害で、外見だけみると健常の子と何も変わらないように見えます。しかしそれが当事者達には障害を理解してもらえない苦しみとなっています。

 

 

私も何度も息子に言いました。「なんでこんな簡単なことができないんだ。普通にできることだ、ちゃんとやろうという気持ちが足りないから出来ないんだ。」

 

 

息子は母の期待に応えようと一生懸命頑張り、それでも特性故に失敗してしまうことを障害を理解しようとしない母に努力不足だと責められ続け、どんどん精神的に追い詰められ自己評価を失っていきました。

 

 

そんな状態を数か月続けたある日、私は息子にこう言われました。

 

 

「なんでこんな出来の悪い子産んだの?ママを悲しませてばかりでごめんなさい。いっぱい殴っていっぱい蹴って俺を殺して。」

 

 

息子のこの言葉で私は自分が息子の障害を受け入れてないこと、そのせいで我が子が苦しんでいることにようやく気付くことができました。

 

 

息子が人生で苦労しないために【普通】になって欲しかったのではなく、私が障害を受け入れたくないから【普通】になって欲しかっただけなのだと。

 

 

それからの私はまだ六歳の息子に「殺して」なんて言葉を言わせてしまった自分の在り方を猛省し、息子から障害を排除しようとするのをやめ、障害ごと息子の一部として受け入れることの出来る自分になれるよう努力しました。

 

 

出来なくてもいい。優れていなくても、同級生の平均値に届かなくても、今のままのあなたが大好きだよ。と、息子に伝え続けました。

 

 

・優れていないと価値がない?

息子の行動を否定せず、ありのままを受け入れようとしている中、私は自分が息子の特性故に同級生より劣ってしまう部分をどうしてこんなに受け入れることができなかったのか、その答えを見つけます。

 

 

「そのままのあなたでいいよ」息子に伝え続けたその言葉は、私自身がずっと欲しかった言葉だったと気づいたのです。優れていなければ価値がない、周囲に受け入れてもらえない! 私自身が自分のことをそう思っていたのです。

 

 

 

思い返せば幼少期は母親のお手伝いを、学生時代は友人のために、社会人になってからは職場で・・私は誰かの役に立つことで自分の居場所を確保しようと必死でした。

 

 

自分を犠牲にしてでも誰かのために成果を出せたら安心したし、逆にそうでないと自分は必要をされなくなる、居場所が消えてしまう!と不安で仕方ありませんでした。

 

 

私は自分の自己評価が低いために拭えない自身の不安を、息子の障害の特性に反応させていたのでした。そして自己評価の低い人間は自分が頑張っていることを誰かが怠ることを許せません。

 

 

「だって私はこんなに愛されようと、必要とされようと頑張っているのに!苦しくても頑張っているのに!あなただけしないなんてずるい!私と同じように頑張りなさいよ!」

 

 

だから息子の特性による、出来ない・苦手がどうしても受け入れれず、直さなければと強く押し付けてしまったのです。

 

 

出来なくてもいい、そのままのあなたで素晴らしい。何度も何度も息子に伝え続けながら、同時に自分で自分に伝え続けました。

 

 

そうすると、日に日にあらゆる不安から解放されていくのを感じました。心に装備した重たい鎧を少しずつ脱いで軽くなっていくような感覚でした。

 

 

そして息子も、行動面での成長は課題を残したままでしたが、精神的な落ち着きを取り戻し以前のようによく笑う男の子に戻っていきました。

 

 

こうして子育ての優先順位を大きく考え直した私ですが、その先には新たな壁がありました。それは学校との連携です。

 

 

発達障害の特性を受け入れ、特性に添って育てていきたい私と、特性を改善させ成績をあげようと息子に人一倍の努力を求める担任の先生と、考え方の違いで何度もぶつかりました。

 

 

「大切なのは息子の心です」と訴える私に先生は涙目になりながら熱くこう話されました。

 

 

「街で大人になった教え子に会った時、立派な職業に就いていると聞くととても嬉しくなります。逆にそうでないと聞くと残念に思います。

 

 

息子さんは今頑張ればこの先大学受験も狙えます。そしてちゃんとした企業の就職も望める。息子さんにそうなって欲しいから私は厳しくしてでも、今私がしてあげれることを全部してあげたいのです。」

 

 

この言葉を聞いて、私は親以外に息子の将来をこんなにも真剣に考えてくれる人がいるのかと、嬉しく思いました。

 

 

数年前の私なら先生の手を握り「先生!息子をお願いします!」と頭を下げていたかもしれません。

 

 

しかしこの時の私はこの先生の言われることが正しいとは思えませんでした。私は先生にこう問いかけました。

 

 

「ちゃんとした職業に就けば幸せになれるのですか?そうでない人間は不幸なのですか?私は息子に社会的に立派になって欲しいのではないのです。日々幸せだと感じながら心豊かに生きて欲しいのです。」

 

 

この問いの答えをこの先生から聞くことは残念ながらできませんでした。

 

 

・思い出してください

息子の障害を受け入れれず【普通】にしなければ!と必死だった母親と、教え子の大学と勤め先にこだわる教師。

 

 

これらは冒頭に書いた優生思想による政策や事件と全く同じだとは言いませんが、全く違うとも言い切れないと思うのです。

 

 

自分や他人の人生の価値を社会への貢献度や地位で計る人たちは、今この国に大勢います。そして皆自分の居場所を探し維持するのに必死で、生き辛さを抱えているように見えます。

 

 

私たち大人は、次世代を担う子供たちに、大切な我が子に未来に、笑って生きれる世の中を残せるよう、今大切なことを思い出さなければいけません。生きていく中でどこかで忘れてしまっただけで、本当はみんなちゃんと知っているのです。

 

 

もし大切な人が明日交通事故にあい生死をさまよったとしたら、必ずこう思うでしょう。

 

 

「生きて欲しい。他に何も望まないから、ただ生きて欲しい。」と。

 

 

人はよく失ってから大切なものに気づいたりします。ですが、失ってからでは遅いのです。

今! 思い出してください。

 

最後に、この文章を読んでくださった全ての方へ。

 

そのままのあなたでいいよ、

そのままのあなたで素晴らしいのだから。

 

粂澤さんはこちらの代表の方です

ピカソのたまごとは?

私が寄稿した文章は過去ブログに載せてます。

wp.me/p73B8w-3Td

 

最後までお読み下さり、有難うございました。金曜日、また寄ってくださいね

また金曜日、寄って下さいね!

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カテゴリー:正直なつぶやき

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