2019.05.24

元いた幼児教室から刑事告訴?

【週刊女性の記事 及び ブログについて】

ナーチャーウィズ(エンピツらんどの運営会社)から、弁護士を通じて、「削除しないと名誉棄損で刑事告訴する!」の内容証明が、掲載会社の主婦と生活社と私の自宅に届きました。

 

不本意ながら、転記した私のブログ箇所と週刊プライム(元記事)の該当箇所を削除しました。

 

下記はヤフーに転載されたものです。

デジタルタトゥーという言葉があるように、拡散したものはネット上に残りますので、元記事(P7)がまだこちらには載ってます。

(週刊女性の記事)

headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190406-00014825-jprime-life

 

尚、私と関係のないサイトですが、こんなサイトが作られていますので、関心の

ある方は、今後はそちらに、直接アクセスしてください。

”ナーチャーウィズの真実”、”某教育業界社長の格言”で検索すると出てきます。

 

リンク先は下記

twitter.com/nurturewiz

twitter.com/kyouikuyattenda

 

求人サイトにも退職した社員が色々書いているようです。

en-hyouban.com/company/10200159692/kuchikomi/?

 

今後、エンピツらんどのことは、私のブログでは書くことが出来なくなってしま

いました。上記の事情ですのでご理解ください。

お知らせでした。

カテゴリー:正直なつぶやき

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2019.05.17

知識がない私が、放課後等デイサービスについて思うこと

このブログは本音を書いている日記の延長です。読んでいて気分を害すると思われる方は、読まないでください。

 

昔、コンビニに“手作り風パン”と書かれたパンが売られていた。

 

?と思った。「手作りではない!」ことを自ら暴露している商品だからである。

 

なんで、わざわざ書くのかわからない?

何も書かずに“パン”だけで良いのではないか?

 

 

■フォーデイ(=放課後等デイサービス)

ちょっと意味は違うが…

 

“●●放課後等デイサービスは、療育はしません”

“●●放課後等デイサービスは、療育をします”

 

なんで、“療育”とわざわざ書くのか?である。

 

  • ”●●放課後等デイサービス”だけで良いのではないか。

 

どうしてかというと…

 

私は「フォーデイは療育施設ではない」と思っているからだ。

 

 

通常級でも支援級でも支援学校でも15時くらいまで。子ども達は学校でそれなりに緊張して、頑張ってきているのだから…

フォーデイは家庭と同じで、くつろぐ場所だけでよいのではないか。

 

 

「出来るだけ健常児と同じことが出来るように!」と訓練しているフォーディがあると聞くが、「そんなとこには通わせたくないなあ~」と思う。

 

 

■乱立

2012年の規制緩和により、フォーデイは乱立した。

 

 

私が住む地域でも、息子をフォーデイに入れた12年前には、近所に一か所しかなかったが、雨後の筍のように20ヶ所くらいできた。

 

 

「喫茶店をオープンするより、フォーデイを開設した方が、確実に需要はあるし(=障害のある子ども達のこと)、運営資金の補助金も出るので楽ちん」と考える営利のみを目的とした事業所も出てきたという。

 

 

一日中、DVDを見せているだけの事業所もある。

 

 

そんなこんなで、規制緩和のあと、厚生労働省は児童の障害の重さによって報酬に差をつけ、職員の資格基準を厳格化する制度改定をした。

 

 

■障害は軽いが、暴れる子

でも…

 

「障害が重いから大変、軽いから楽」という訳ではないので、これまた事業所は困るのである。

 

 

どうしてかと言うと、発達障害に対して適切な養育をされない家庭環境で育ったため、二次障害による問題行動が激しい子がいるからだ。

 

 

■最高の居場所

息子は6歳~18歳まで、放課後等デイサービスに通っていた。

 

詳しくはこちら

【自閉症の息子の「好き」にとことん寄り添ってくれた居場所――放課後等デイで過ごした12年間を振り返って】

h-navi.jp/column/article/35027297

最高の居場所だった。

 

 

■ガイドヘルパーとして

私はたまに支援者(ガイドヘルパー=知的障害者移動支援従事者)としてここに入っている。

 

 

帰りの会、おやつなどあるが、そこに居られない子は別室で好きな遊びをしている。

 

 

特別支援学校が早帰りの日は、昼食をそこで食べるのだが、自宅から弁当を持って来たり、買い弁(コンビニなどの弁当を買って食べること)したりする子もいる。

 

 

「マックのフライドポテトしか食べない」子はそれでもOK

だって、きっと普段は給食で我慢して食べているだろうから、それでいいのだ。

 

 

■放課後等デイサービスと療育施設は別

利用者の争奪戦となり…

 

「うちのフォーデイではパソコンを教えます」

「うちのフォーデイでは集団行動ができるように練習します」

「うちのフォーデイでは就労できるように訓練します」

 

 

と看板を掲げているところもあるが、「それらをするのは学校の役割、フォーデイは放課後くつろぐ場。療育の場ではない」と、専門知識がない私は思うのでありました。

 

最後までお読み下さり、有難うございました。

また金曜日、寄って下さいね!

amzn.asia/d/dj4Upcw

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2019.05.10

マナー研修をしていることを批判された!

このブログは本音を書いている日記の延長です。読んでいて気分を害すると思われる方は、読まないでください。

 

私はたまに幼稚園、保育園から“マナー研修”を依頼されることがある。

そのことをフェイスブックに載せたら…

元CA(スチュワーデスのこと)でも秘書でもない私に対して、「プロでもないくせに!」と批判された。

 

研修に参加したこともなく、聞いてもいないのに、批判してくる!(怒)

 

 

■何故、私ごときが依頼されるのか?

依頼時に園長から言われたこと。

 

 

「以前、マナー研修としてCA団体にお願いしたことがあったが、保育者レベルと講演者のレベルが乖離していて、ちっとも役に立たなかった。だから、現場を知っている立石さんに依頼したい」

「だったら園長が職員にマナー研修すればよいのに」と思ったが、「身内でなく第三者だからこそ意味がある」と言われ、引き受けた。

(園側も「茶色の髪はよくない」ではなく、これを使うといい)

 

■こんな場面に出くわした

多くの保育士、幼稚園教諭は保育、教育に携わる大人としてきちんとしているのだが…

以前、私が研修に行ったときのこと、こんな経験をしたことがある。

 

・10時開始と聞いていた。でも、会場に時刻通りいたのは、講義者である私だ

 け!職員は10時に職員室の席を離れ、全員揃ったのは10時10分

(普段の職員会議でもこうなんだろうな…)

 

・研修中の休憩時間、悪びれることなく机に突っ伏して寝ている

 (居眠りは仕方のない生理現象だが、こっそり寝てほしい)

・前日に夜更かしして参加する(だから眠たくなる)

 

・枝毛を抜きながら聞く

 

・Gパンで参加する

 

・研修中、ラインをチェックしている

 

この姿勢に「CAレベルの研修は確かに合っていない」と痛感した。お辞儀の角度以前の問題なのだ。

 

ビジネスマナーを学ぶことなく、職に就いた場合、こうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。

 

マナー研修は仕事上だけでなく、生涯に渡り、人間関係を作る上でプラスになる。それに対して、園長が保育者にお金を投資してくれる。

 

でも、自腹で参加していないからか、こんな風になってしまうのかもしれない。

(※あくまでも少数派です)

 

■私の研修内容

・話の聞き方

・保護者対応

・連絡帳の書き方

・作品を貼り忘れたときにお詫びの仕方

・発達障害が疑われる子を持つ親へ、どう伝えればよいか

 

にしている。

それを知らずに、私が研修をしていることをネット上で批判しないでほしい。

 

 

■最悪の講演

精神障害者についての対応に私自身が困っていることもあり、自治体で主催していた「統合失調症の家族を持つ人へ」の講演を聞きに行ったことがある。

 

ところが!

 

内容は

・日本の精神医療の歴史

・薬の歴史

・研究成果

 

で家族の不安を解消するものではなかった。

 

実際、会場からは講演後(講演後にですよ!)「家で暴れる息子にどう対応したらよいか」「受診を拒否する息子をどう説得すればよいか」等の質問が出ていた。

 

乖離している!

 

 

■発達障害の講演

発達障害について著名な医師や専門家が園内研修をすることもあると聞くが

 

これも

・発達障害の歴史

・発達障害とは

 

であったら、きっと参加者は満足しないだろう。

 

 

園が困っているのは

 

・発達障害が疑われている子がいるが、保護者にどう伝えればよいか?

 

 

・母親は障害を受け止めている。受診し、手帳も取りたいと思っている。けれども夫、姑の反対にあっている。面談にも母親しか足を運んでくれない

 

 

・保育中、ADHDの子に対して躾のハードルを低くして対応していた。すると、他の子どもが親に「○○ちゃんがじっとしていなくても先生は叱らないのに、私が同じことをしたら叱られた」と訴え、保護者から「エコひいきしている」とクレームが出た

 

 

私は精神科医でも臨床心理士でもないが、この質問には答えられる。

 

 

本も講演もそうだが…

 

 

著名な講演者であっても講演者が話したいことではなく、参加者に役に立つ内容でなければ意味がないと思う。

 

主催者の園長も講演者に丸投げではなく“事前に話してもらいたい内容”を箇条書きにして渡すなど、工夫が必要だと思うのでありました。

講演内容一覧はこちら

www.tateishi-mitsuko.com/talk_show/index.html

最後までお読み下さり、有難うございました。

また金曜日、寄って下さいね!

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2019.05.03

こんな短期間で資格?

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半年前、知的障害者移動支援の研修を受けて、ガイドヘルパーの資格をとった。

 

目的は息子が18歳になって、放課後等デイサービスを離れることになっても、私自身が関わっていたいと思ったからだ。

 

 

それほど、私にとっても素晴らしい居場所だった。

詳しくはこちらに書いています!

【自閉症の息子の「好き」にとことん寄り添ってくれた居場所――放課後等デイで過ごした12年間を振り返って】

h-navi.jp/column/article/35027297?fbclid=IwAR1ZesDcMQdtqXWcqPbIEPYsFMjPS8qc_pCj1TjRFBg8NZG0z5T5_vtqEW4

 

 

■たったの3日?

でも、講習はたったの3日!

 

「これで、ガイドヘルパーとして仕事が出来るんだろうか?」と不安になった。

 

 

今現在、放課後等デイサービスでアルバイトをしている人、私のように家族に障害者がいる人の場合、既に経験があるので、講義の内容もスーッと頭に入ってきた。

 

 

でも、会場を見渡すと…

今まで障害者に接した経験がない人も、たくさん参加していた。(それはそれで、素晴らしいこと)

 

 

■愚問!

研修の中で身体障害者・知的障害者・精神障害者・発達障害者の概略の講義があった。

 

 

研修後、参加者から「知的障害者は精神障害者なんでしょうか?」の質問があった。

 

その質問内容に私は思わず驚愕してしまった!

 

どうしてかと言うと、まったく講義内容を理解していない質問だからだ。

 

 

知的障害者も癌になる可能性があるように、知的障害者も精神障害など後天的な病に罹ることはもちろんある。

 

また、「お前はダメだ、ダメだ」と言われ続け、出来ないことを要求され、大きなストレスがかかり二次障害として精神の病を発症してしまうこともある。

 

 

でも、それとこれとは別物である。

 

 

■混乱しているのかも

講義の中で「手帳は療育手帳・身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳の3種しかありません。

発達障害者福祉手帳というものはなく、知的遅れがない場合、療育手帳ではなく精神障害者福祉手帳を取って、法定雇用率の中で採用してもらう方法があります」

 

という話もあったので、変な質問をした人は、もしかして、こんがらがってしまったのかもしれない。

 

 

講義する側と聴衆の理解に温度差があった。

 

「講義する主催者側の工夫も必要だな」と思った。

 

 

■赤ちゃんを預かる仕事

別件だが、ファミリーサポートの援助会員も保育士の経験がなくても、たった6日間の研修で資格を得て、よその赤ちゃんを自宅で預かることができる。

 

生後43日目から預かることが出来る。

 

命を預かる仕事、怖い~怖い~

 

 

■特別支援学校教員免許

特別支援学校の2種免許も…

 

他の校種の教員免許を持っていると「6単位(6講座×3日)の講義を受けると取れる」と聞いたことがある。

 

 

私が特別支援の免許を取ったときは、こんなに簡単ではなかった。一ヶ月の実習も必須だった。

(1995年 実習風景)

発達障害と診断をされる子が激増しているので、人手不足なのかもしれない。

 

 

■加配

また、こんな話もある。

 

自治体により違うのかもしれないが…

 

「地域の学童に勤め始めましたが、応募条件に正規や臨時は教員免許か保育士等の資格が必要なのですが、加配(支援を必要とするこの為の)は、子どもが好きである事なのですよね?おかしいと思いませんか?

 

そういう要員こそ、特別支援やヘルパー等の資格がいると思いませんか?」

 

 

利用者が増えている中、人材不足で資格を簡単に与える現実

 

いずれにせよ、「資格をとって社会に貢献しよう」の姿勢がある人が沢山いることは良いことだ。

 

それから…

 

免許持っているだけでダメで、「机上の学習ではなく経験を積むことでスキルがあがる!」と思うのでありました。

 

最後までお読み下さり、有難うございました。

また金曜日、寄って下さいね!

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2019.04.26

軽度の子の苦しみわからない、重度の子の苦しみわからない

このブログは本音を書いている日記の延長です。

読んでいて気分を害すると思われる方は、見ないようにお願い致します。

 

自治体の障害福祉課から講演依頼を受けることが多くなってきた。

参加者のお子さんの障害程度は軽度~重度さまざま

 

私は自分が経験した療育のこと、小学校選びのこと、福祉サービスのこと、親亡き後のことを話している。実体験による話だ。

 

 

どうしてかというと…

 

経験していないことはわからないから

 

 

未経験なことを伝えるのは、教科書をしっかり読んで勉強してきていることを話しているだけの気がするので、真実味を持って喋れない。

 

 

話はそれるが双子を育てている人に「大変でしょ?」と質問しても、双子しか育てていないのだから比較しようがなく、大変かどうかの正確にはわからない。

 

それと似ている気がする。

 

 

言い訳がましいかもしれないが、最初にこのスライドを見せるようにしている。

 

■羨ましいと言われる

さて、講演後…

 

「知的障害のない発達障害の我が子は支援の網の目から、零れ落ちてしまっている。立石さんが羨ましい…」

 

「グレーゾーンではなく、しっかりと知的障害のある自閉症だったら、どんなに良かったか」

 

と言われてしまう。

 

こんな風に感じさせてしまうのは、私の講演内容が“知的障害のない発達障害の子を持つ親”に満足できない内容だからだ。

 

勉強不足を痛感すると同時に自分の課題だと思っている。

 

 

■でも…

けれども…

グレーの子は支援が受けられないと言うけれど、「大きくなり、風邪を引いたとき一人で病院行けるでしょ。一人で買い物できるでしょ」と思う。

 

 

反論として「でも、引きこもりになり、自立できていないグレーの子は沢山いる」と更に言われることもある。けれども、それとこれとは別のこと。

 

 

「能力は元々あるでしょ。元々あるのと、最初からなくて誰かの世話にならないと生きていけないのは別のこと」と言いたくなってしまう。

 

 

■重度の子

私の周りには他害、自傷が激しすぎて家庭での養育が難しくなり、生活介護の施設で暮らしている子もいる。

 

母親は罪悪感に苛まれ、子どもも違う環境に入れられて不安になる。

 

そんな親御さんから見たら、うちなんか羨ましがられていると思う。

 

それぞれの悩みがある。

 

そして、その子の親でなければ本当の苦しみはわからない。

 

【比べる病を卒業できない】

wp.me/p73B8w-3MO

 

 

■講演参加者

経験していないことを話すのは、机上の空論に陥ってしまうので…

 

ガイドヘルパーをして重度のお子さんのサポートをしたり、自閉症スペクトラム支援士の資格を取り、実習を通して軽度のお子さんにも関わり経験を積みたいと考えている。

ただ健常児も障害児もその軽重に関わらず、子育ての根っこは同じだ。

 

大変さの質はレベルが違うが、どの親も我が子の本当の幸せを願う。そして、放って置けない子なのだ。だから、お互い「いいな、いいな」ではなく力を合わせていくことが大切だ。

 

 

それから…

 

知的遅れがなかったら療育手帳は発行されない。(自治体に寄って異なるが、概ね、IQ70以下にならないと難しい)

 

(参考)

www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/jicen/ji_annai/a_techou.files/kijun0-6.pdf

 

心の病を発症していたら精神障害者保健福祉手帳を取ったり…

 

またこれも取れなかったら医師の意見書を書いてもらい受給者証を取り、放課後等ディサービスの福祉サービスを受けることも出来る。

 

放課後ディは楽しいよ!

でも、療育訓練するところは避けた方がよいから、ホームページに騙されず、足を運んで見学するべし!

発達ナビ記事

h-navi.jp/column/article/35027297

(俳優の満島君!昔、ここでバイトしてました!)

良い福祉事業所を利用してほしいと思うのでありました。

 

最後までお読み下さり、有難うございました。

では、また金曜日に寄って下さいね!

amzn.asia/d/dj4Upcw

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2019.04.19

週刊女性の記事

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週刊女性の“人間ドキュメント”に掲載された私の記事

ヤフーにも転載され、200万PVあった担当者から連絡があった。

 

 

さて、週刊誌なので、もう店頭には並んでいないので、全文リメイクして、ここに載せます。週刊女性を読んだ方はスルーしてくださいね。

 

物凄----------く長文です!

 

「ジャー!」

 

「横浜ランドマークタワー3階のトイレ。TOTO C425」

 

スマホを耳に当てた勇太君はトイレを撮影した動画の流水音を聞くだけで便器の型番をスラスラと答える。

 

200種類以上入れてある動画のごく微妙な音の違いまで聞き分け、どの動画で試しても正解が返ってくる!

精神年齢は5歳8か月

 

 

自宅での勇太君はほとんどの時間をパソコンの前で過ごす。トイレの動画を一心不乱に見て、ときどき家の中をぴょんぴょん走って、また戻ってきて動画を繰り返し見る。

勇太君は知的障がいを伴う自閉症だ。先天的な脳の機能障がいで、特定のものへの強いこだわりや興味の偏り、他人との関係の形成が難しいなどの特徴がある。

 

 

知能指数(IQ)は37。今年3月に特別支援学校高等部を卒業したが、精神年齢は5歳8か月だという。

そんな勇太君を、立石美津子さん(57)はシングルマザーとして、ひとりで育ててきた。

 

 

一時は親子で死んでしまいたいと思い詰めたほど大変な時期を乗り越え、穏やかな生活を手に入れた。

 

 

「障がい児を育てる親の中には“今度産むなら健常児がいい”という方もいますが、私は自閉症児がいい。ウソもつかないし、素直だし、すっごく楽しいですよ」

 

 

いとおしげにわが子を見つめる表情からも、勇太君のことが可愛くてたまらない様子が伝わってくる。

 

 

「抱っこしてあげようか?」

 

大きくなった息子にそう声をかけると、照れた感じで拒絶されてしまう。

 

「僕は赤ちゃんじゃない!」

 

それでも、立石さんはうれしそうだ。

 

 

「だって、これって会話じゃないですか。昔は私の言ったことをオウム返しするばかりでしたから、“ああ、すごく成長したな”と。

健常児なら気づかず通り過ぎてしまうようなことでも、成長を感じて感動できるんですよ」

 

 

勇太君が6歳から12年間通った放課後デイサービスのスタッフ、松本さんと石井さんも「その成長ぶりには驚きました」と口をそろえる。

 

 

通い始めた当初、ひんぱんにパニックを起こし自閉症児のなかでも状態は重かった。

 

 

それが徐々におさまり、今ではスタッフたちにお礼を言ったり手伝ったりできるまでになったという。

 

 

「自閉症は治るものではないけど、ここまで成長できたのは、お母さんが勇太君のこだわりを認めてあげたことも大きいと思います。

 

 

普通、トイレにあそこまでこだわっていたら、途中でやめてくれと言ってしまいますよ。

 

でも、立石さんは勇太君が興味を持ったことには何でも、納得するまで付き合って伸ばしてあげたんです。そこまでできる親は、なかなかいないですよ」(松本さん)

(横にいるのが松本さん ↓)

わが子を育てた経験を役立てたいと、立石さんは講演で話をしたり本を書いたりしている。

 

 

依頼が引きも切らないのは、障がい児を持つ親はもちろん、子育てに悩むすべての親にとって、心に響くアドバイスが多いからだろう。

 

 

■「お子さんは自閉症ですね」

立石さんは幼児教育のプロだ。幼児向け教材を作り、課外教室で読み書きなどを長年教えてきた。

(石井式漢字教育の仕事をしていた20代)

38歳で産んだのが、ひとり息子の勇太君だ。

 

何度か出会いがある中で、大らかな人柄に惹かれた当時のパートナーと2年間、不妊治療を重ね10回目の人工授精で授かった待望の子どもだった。

 

 

だが、気持ちのすれ違いもあり、結局、ひとりで育てることになった。

 

 

出産後は文字どおり持てる力のすべてを注いで英才教育をした。生後3か月からは毎日、90分かけて絵本を30冊読み聞かせ、漢字カードや算数の教材まで見せた。


最初に「何かおかしい」と感じたのは、勇太君が生後8か月のころだ。

 

 

「目の前に人の顔が近づいてきても、息子は無視するんですよ。人見知りが始まるころだから、普通は嫌がるか喜ぶかどちらかなのに。

 

 

私が歯科医院で治療している間、受付の人に抱っこされても親を追って泣くこともない。だから楽は楽でしたけど……」

 

 

一方で、国旗や時刻表、数字に強い興味を持ち、複雑なパズルを瞬時に完成させたりしていたので、あまり深刻に受け止めなかった。

 

 

2歳3か月で保育園に入園。健常児の中にまざると、「明らかに変だ」と感じた。

(後ろで座って絵本を読む息子)

(立ち歩く息子)

「言葉はまったく出ないし、誰とも遊ばないし。仕事中も気になって保育園のライブカメラを覗くと、ずっと玄関にうずくまっている息子の姿が見えて。

 

絶望的な気持ちになりました。

 

 

どうしても周りの子たちと比べちゃって、何で自分の子だけできないんだろうって……。毎日、迎えに行くのがつらくて嫌でしたね」

 

 

自閉症の診断を受けたのは、入園の1か月後だ。

 

 

勇太君は卵、牛乳への重い食物アレルギーがあり、アナフィラキシーショックを起こしたこともある。

 

 

アトピー性皮膚炎で湿疹もひどく、乳児のころから国立成育医療研究センターのアレルギー科に通っていた。

(掻き壊すので手袋をしている)

診察後の雑談で、保育園での様子を話すと、主治医はその場でこころの診療部に予約を入れた。

 

「お子さんは自閉症ですね」

 

 

こころの診療部の医師は勇太君を診て1分もしないうちに断言した。

 

立石さんは診察室を出て、泣きながら看護師に苛立ちをぶつけた。

 

「この子をちっとも可愛いと思えない。食物アレルギーで大変なのに、なんで自閉症! こんな子じゃなかったらよかった!」

 

 

診断に納得がいかず、あちこちの病院を巡った。耳が聞こえないから話せないのではないかと2か所の耳鼻科で検査したが、異常はなかった。

 

 

児童精神科医は少なく、初診はどこも数か月待ちだが、3つの病院で診てもらった。

 

 

だが、自閉症という診断が覆ることはなかった。

 

 

物心がつくようになると、勇太君はこだわりが強くなり、1日に何回もパニックを起こした。

 

 

例えば、夜7時ジャストに夕飯を食べ始めることにこだわり、1秒でも遅れるとパニックを起こす。

 

 

甲高い悲鳴を上げて走り回り、そのへんの物を手当たり次第に投げたり、歯形が残るくらい自分の腕を噛んだり、壁にドンドン頭突きしたり……。

 

 

■「ちゃんとしつけろ!」の声に涙

好きなパズルもピースを置く順番が決まっている。

 

1つでもピースが足りないとテーブルをひっくり返して暴れるので、同じパズルを3セット買って備えた。

「3、4歳のころがいちばんしんどかったですね。普通の子の100倍くらい大変なわけですよ。

 

 

こだわりを否定すると不安になって余計パニックになるから、こだわりにはとことん付き合うしかない。

 

 

でも、こっちも疲弊してしまうから、頭にきて私が爆発することも何回もありました。泣きながらバンバン叩きまくったこともありますよ。

 

 

叩いたってどうしようもないと、わかってはいるんですけどね」

 

 

困ったのは電車移動だ。井の頭線に最初に乗ったとき、旧車両の3000系の各駅停車だった。それ以来、3000系の各停にこだわり、ほかの車両には頑として乗らない。

いつもは勇太君のこだわりに付き合うが、ある日、急いでいて新車両の1000系に無理やり乗せたら、パニックになった。

 

大声でわめき、車内を走り回ってドアに体当たりした。

 

「静かにさせろ! ちゃんとしつけろ!」

 

 

勇太君は見た目では障がいがわからない。乗客から怒号が飛んでくるが、どうにもできない。立石さんはあふれる涙を止められなかった─。

 

 

「子どもの寝顔を見ていて、一緒に死んでしまいたいと思ったことは、何回もあります。首を絞めたりはしませんでしたが……」

 

 

うつうつとした日々を送る立石さんをさらに追い詰めたのは、騒音問題だ。

 

 

自閉症児には聴覚過敏の子が多い。勇太君も幼いころは掃除機、ドライヤーなどの音が苦手だった。

 

 

パニックを起こさないように、勇太君が寝ている朝6時に掃除機をかけていると、マンションの階下の住人から苦情が来た。

 

 

多動で日常的に走り回っていた足音にも苛立っていたのだろう。事情を説明してみたが理解はしてもらえず、結局、転居するしかなかった。

 

 

■狭くなる視野、そして限界

週2回、保育園を休ませて療育に通い始めると障がい児を持つママ友ができた。療育とは障がいのある子どもが自立できるように、医療と教育を並行して進めることだ。

 

 

それまで立石さんは両親や友人など誰にも苦しい胸の内を明かせなかったが、同じ立場のママ友には何でも話すことができた。

 

 

もっと年上の自閉症児を持つ親にも会ってみたい。そう思い『日本自閉症協会』に入会した。

 

 

当事者と親の集まりに参加すると、30代の子を持つ50代の親など、あらゆる年代の親子がいた。

 

 

勇太君が4歳を過ぎてもスプーンや箸を使えず、手づかみで食べていることを相談すると、先輩ママからこんな答えが返ってきた。

 

 

「世界の半数以上の国が手で食べる文化なのよ。手さえきれいに洗っておけば、問題ないんじゃない?」

 

 

立石さんはハッとした。そして普通の子に近づけたいと焦るあまり、視野が狭くなっていたことに気がついた。

 

 

勇太君が年長になったある日。2人で渋谷に買い物に行き、家電量販店で勇太君を見失ってしまった。

 

どのフロアを探してもいない。自分も半分パニックになって必死に走り回りながら、同時にこんな思いが浮かんできた。

 

 

「このまま見つからなければいい……」

 

ふと店の外を見ると、横断歩道の手前で泣き叫ぶ勇太君が見え、駆け寄った─。

 

 

なぜ見つからなければいいなどと思ったのか。理由を聞くと、立石さんはしばらく考えてこう答えた。

 

 

「楽になりたかったんでしょうね。自閉症の子を育てるだけでも大変なのに、食物アレルギーがあったから、もう、気が抜けない。

 

 

迷子センターでお菓子を出されて食べて死んでしまったらどうしようとか。ずーっと見張ってないといけないから、いつも神経がピリピリしていたんです」

 

 

立石さん親子が歩んできた道のりを、小児外科医で作家の松永正訓さん(57)は著書『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』にまとめた。

実は、立石さんからこの迷子のエピソードを聞いて、本を書こうと決めたのだと松永さんは話す。

「勇太君が自閉症と診断されて数年後の出来事ですよね。自分の子どもの障がいを受容するのは簡単にはできないんだと実感したんです。

 

受容したと思っても時間がたつとまた否定する気持ちになって、行きつ戻りつするんですね

 

 

昨年9月の出版以来、障がい児を持つ親以外の人たちにも反響が広がっている。

 

 

「日本は横並びの文化で同調圧力が強いから、立石さんも最初は“普通”“世間並み”からはずれることに非常な恐怖感を持っていたんじゃないですか。

 

 

でも、普通からはずれても、惨めで悲しいわけじゃない。生き生きとした豊かな世界があると気がついたから、今の彼女は幸せなんだと思います」

 

 

今は普通という呪縛から解放された立石さんだが、勇太君を産むまでは、むしろ逆の価値観にしばられていた。

 

 

普通以上に頑張ることを求められて育ち、期待に応えようと努力してきたからだ。

 

 

■完璧主義の母に育てられたトラウマ

立石さんの父は祖父の会社を継いだ2代目社長だ。長女として生まれた立石さんは兵庫県芦屋市で3歳まで育ち、妹が生まれて間もなく東京に一家で転居した。

 

 

お嬢様育ちの母は教育熱心で、ピアノ、習字、水泳など習い事もたくさんやらせてくれた。

(これはお嬢の私)

「親からは“いつもいい子にしていなさい”“100点を取らないとダメ”と育てられたんですが、私はあまり出来がよくなくて(笑)。

 

 

優秀な子と比べられて、“何であなたはできないの”とよく怒られていました。だから自己肯定感が低くて、自分にダメ出しばかりしていましたね」

 

 

父の仕事の都合で、小学2年のときに芦屋に戻り、中学1年で再び東京に転居した。

 

 

立石さんは自ら希望して、中学2年になるときに編入試験を受けて、聖心女子大学の姉妹校に。富士山の麓にある規律正しい寄宿舎で、高校を卒業するまでの5年間を過ごした。

(美しい学校だったが、厳しい学校だった)


(唯一、一人になれる寝室)

「口うるさい母親から離れたいという気持ちがあったし、毎日が修学旅行みたいだと思ったんです。

 

 

ところがどっこい、入ってみたら、もうすっごく厳しくって。

 

 

勉強しろという親はいないかわりに、洗濯も掃除も自分でやらなきゃいけないし、当番で全員分の皿洗いをすると腰が痛くなっちゃう。親のありがたみが身にしみました」

(寄宿生は200人くらいいたので、ここで何百枚もお皿を洗いました)

中学から大学までの同級生で、今も近所に住む中村千春さん(57)は、立石さんのことを度が過ぎるくらいまじめだと説明する。

 

 

「まじめだから突っ走っちゃうんですね。自分がこうだと思ったら、周りが見えなくなっちゃう。で、壁にぶつかってボーンとはねかえされても、ちゃんと起き上がって、また走っていくんです(笑)。

 

 

思いつめて自分の主張を通すこともあるけど、他人に嫌な思いをさせることはないので、“美津子だからしかたないね”とみんな許容していたし、愛されるキャラでしたね。

 

 

今は社会経験も積んで多少もまれた感じですけど、根本的には変わっていないと思います」

 

 

大学は教育学部に進み、幼稚園の教員免許を取得した。卒業後、大手メーカーに就職したが、わずか2か月で強迫神経症が悪化。

 

 

忘れ物を何度も確認したりして家から出られなくなってしまう。退職して精神科に入院。

(病気を発症した頃)

「まさに人生のどん底でした。もともとまじめで完璧主義な人が、こうあらねばと育てられると、発症しやすいそうです。

 

 

入院させられたことがつらくて苦しくって、死にたいと思ったけど死ぬ自由もないんです。

 

 

鉄格子の入った窓には鍵がかかり、紐状のものは全部取り上げられて。暴れて2日間、身体を拘束されたことは、今でもトラウマですよ」

(入院していた病院)

入院は9か月に及んだ。病棟のロビーにあるテレビを見ていると、自分と同い年の松田聖子が神田正輝と結婚式を挙げる映像が流れていた。

 

 

あまりの境遇の違いに、立石さんは涙が止まらなかった。

 

 

退院後に幼児教育の道に入る。幼稚園の教室を借りて読み書きなどを教える課外教育を行う会社に就職し、天職に出会った気がした。

「教えることは楽しくてしょうがなかったです。もともと子どもは大好きなので課題ができたときの子どもたちのうれしそうな顔を見ていると、これ以上の仕事はないなと。昔の教え子から今でも手紙をもらったりするんですよ」

 

■父の冷たい言葉と、鉄格子の少年

多様な子どもに対応できるよう働きながら小学校、特別支援学校の教員免許も取得した。

教材作成や指導のマニュアル作りも担当したが、立石さんはまだ24歳と若く、年上の指導員たちからは陰口をたたかれた。

 

 

「子どもも産んでないのに、偉そうにマニュアル作って、私たちに指導する気?」

 

 

腹が立ったが、「本当だな」とも思った。立石さん以外は子どもを持つ母親ばかりで引け目を感じていたのだ。

 

 

ギクシャクした関係を引きずるより、自分で会社を作ろうと決意した立石さん。1千万円の貯金を投じ、1995年12月に起業し、課外教室『エンピツらんど』を始めた。

 

 

最初の2年は持ち出しが続いたが、持ち前の熱心さで徐々に軌道に乗り、生徒数7500人、年商5億円にまで成長した。

 

 

勇太君を産んだのは起業から5年たち、経済的な心配もなくなった2000年。38歳のときだ。

 

 

初孫が自閉症だと両親に告げると、昭和ひとケタ生まれの父は冷たく言い放った。

(食物アレルギーのある息子の前で、ソフトクリームを食べる祖父)

「墓守なのに難儀な子を産んだな」

 

幼い勇太君がパニックを起こすと、父は「うるさい!」と怒鳴りつけた。

 

 

母は勇太君を可愛がり面倒も見てくれたが、立石さんは悩みや苦しみを打ち明けることはできなかった。

 

 

弱い自分を見せると子どものころのように「ちゃんとしなさい」と怒られる気がして、今も鎧を脱げないままでいる。

 

 

立石さんが考え方を変えるキッカケになったのは、ショッキングな光景を目にしたことだった。

 

 

病院の一角にある療育施設に向かう途中、ふと病棟を見ると、鉄格子の窓の向こうに小学4、5年生くらいの男の子がひとりパジャマを着て立っていた。

(都立梅ヶ丘病院の病棟、鉄格子が見える)

近づくとベッドとイスにベルトがぶら下がっている。身体を縛って拘束するためのベルトで、見た瞬間に自らのつらい過去が蘇った。

 

 

そして、その少年の姿と6歳の勇太君が重なって見えた─。

「息子の障がいがわかって、少しでも健常児に近づけたい、親の努力で何とかしてあげたいと必死でした。

 

 

苦手な音を克服させようと、嫌がるのにジェットタオルを使う訓練をしたこともあります。

 

 

でも、そうやって無理強いしていると、いつかツケが回って2次障がいを起こして入院するかもしれない。

 

 

先輩ママたちから何度も忠告されていたのを思い出して、怖くなったのです。自分が鉄格子の中にいた経験があるので、よけい恐怖を感じたんですね」

 

 

2次障がいとは、もとの障がいに適切に対応できず、心身に異常をきたすことだ。うつや不登校、家庭内暴力、自殺願望などさまざまな事態を引き起こす。

 

 

その日から、立石さんは考え方を変えた。勇太君の世界を理解し、あるがまま受け入れよう。そう決めると立石さん自身も楽になった。

 

 

■普通という呪縛から解放

小学校は特別支援学校に進んだ。5歳のとき「まだ食べる」と初めて言葉を発して以来、ゆっくりとではあるが、言葉は増えていた。

あいさつや生活作法など学校で手厚い指導を受け、できることも増えていった。

 

 

勇太君がトイレを熱心に観察し始めたのは、小学校高学年のころからだ。その前は消火器、非常口のマークなど興味が次々と移っていったが、トイレは飽きることがない。

 

 

デパートなどに行くと全部の階のトイレの個室を3時間かけて見て回る。その間、立石さんはじっと待っている。

 

 

勇太君はすべての便器の型を暗記し、家に帰ると数十種類の便器の絵を描き、型番を書き込む。2年前からはスマホで動画を撮影している。



女子トイレは禁止、年に2回までなどルールを決め、旅行先でもトイレを何か所も撮影。帰宅後にパソコンに移す。

 

 

小学3年生から中学までは特別支援学級で学び、特別支援学校高等部に入学した。高等部では主に就労に向けた訓練を行う。

中学、高校と息子を勇太君と同じ学校に通わせたママ友の神崎さん(50=仮名)は、立石さんのおかげで、将来に向けて自ら情報収集する姿勢を学んだという。

 

 

「高等部の保護者会に区の担当者が説明に来てくださった際、立石さんはいちばん前の席に座って、みなさんが疑問に感じていることを積極的に聞いてくださいました。

 

 

例えば、障害年金をもらえるかもらえないかで子どもたちの将来が大きく変わるのですが、年金申請のシステムには問題点も多いのです。

 

 

みなさんが不安を抱えていらっしゃる中、彼女は社労士や専門家の方々と積極的につながり、そこで得た情報を共有してくれます。

 

 

そのフットワークのよさと行動力にはいつも驚かされますし、学ぶところが多いです」

 

2015年6月、立石さんは20年間続けた自分の会社を手放してしまった。

 

今は講演や本の執筆を精力的に行っている。発達障がいと診断されたり、グレーゾーンの子どもが増えていることも背景にあるのだろう。

 

 

特に営業しなくても月に4回は講演の依頼が入る。自治体などに呼ばれて話すと、障がい児を持つ親や、障がい者福祉に携わる人などが詰めかける。

講演終了後は個別相談に応じる。

 

多いのは家族の無理解を訴える声。子どもと過ごす時間の長い母親が障がいに気づいても父親や姑が認めず、板挟みになった母親がうつ状態になるケースが目立つという。

 

立石さんのアドバイスはこうだ。

 

「夫や姑には黙って、子どもを病院に連れて行けばいいんです。子どものことを優先に考えてください」

 

 

これまで出版した著書は『立石流 子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方』など9冊にのぼる。

失敗談も隠さずつづり、具体的なアドバイスが満載だ。

「息子を産むまでは、完璧主義でこうであらねばという思いが強かったのですが、普通という呪縛から解放されたら自由になり、世界がものすごく広がりました。

 

 

人と比べることもしなくなったし。自分がすごく楽になったのは、息子のおかげですね」

 

 

だが、そこまで劇的に変わることができたのは、教育者でもある立石さんだからではないか。そんな疑問を否定してくれたのは、前出の医師、松永さんだ。

 

 

「勇太君を育てていくなかで、親としての気持ちがムクムクと育っていったんです。だから、今は苦しくても、どんな人でも、いつかは受け入れられるよ。そんなメッセージを彼女は発しているのだと思います」

 

 

■勇太君の将来

今年4月から勇太君は就労移行支援事業所に通っている。2年かけて職業訓練を受け、障がい者枠での就労を目指すが、自立するのはかなり難しい。

では親亡き後、どうやって暮らしていくのか。立石さんだけでなく、障がい児を持つ親たちはみな、残される子どもを案じて頭を悩ませている。

 

 

将来の見通しについて聞くと、立石さんは開口一番、真顔でこう口にした。

 

 

「必ず落ちるとわかっている飛行機があったら、息子と2人で乗りたい。本気でそう思っていますよ」

 

 

すでに立石さんは勇太君が終生暮らせるグループホーム作りに向けて動き始めている。

 

 

入居希望者は多数いるのに空きは少ない。ならば、自分で作るしかないと考えて、勉強を重ねている。

 

 

守らなきゃいけない存在がいるということは生きる張り合いになりますよね。

 

 

今は異常なくらい食事や健康に気をつけて、健診も必ず受けています。やっぱり息子より1日でも長生きしなきゃと思うから。

 

息子が80歳まで生きるとしたら、私は元気な118歳で! アハハハ」

 

立石さんなら、本当にやり遂げてしまいそうだ。

(高等部卒業後の謝恩会)

■酷いコメント

追記…ヤフーニュースにも掲載されましたが、多くの共感コメントの中に酷いコメントもあった。

 

「なんで穏やかな生活してるか教えてやろうか

なんらかの手当てもらってんだろ?国から。

障害年金とか。

障害持ったガキを持ち、働かないよね。

それでなんの援助もなければ、そんな穏やかな生活送れないっつーの。

図星だろ?なあ」

 

「穏やか!?

障害者スイミングで特定の子に執着して、ちょっかい出しまくって先生に叱られたら

パニック起こしてプールの窓割って、外に停まってる車ボコボコにして警察に保護されたり

17歳くらいでカーテンレールにぶら下がって大騒音だして近所からクレーム出まくり

女の子に興味があって、担任に一緒に写真撮れるように親が頼んだけど

相手の女の子が嫌がったからか先生が黙って帰したら、待ち伏せして写真撮らせようとして断られたとか

 

全てこの方のブログに書かれていた事だけど、穏やかはないわ

いつも誰かに執着してトラブル起こして、親はうちの子は悪くない!と言ってるイメージ」

 

「なぁんだ、母親も精神疾患か。

遺伝したんですね」

 

悲しい書き込みだ。

 

長い文章を最後までお読みくださり、ありがとうございました!

以上です。不快でない方はまた金曜日よってください。

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2019.04.12

青のイベントについて思うこと

このブログは本音を書いている日記の延長です。読んでいて気分を害する方は読まないでください。宜しくお願いします。

  

4月2日は国連が定めた「世界自閉症啓発ディ」だった。

(同じ自閉症児を育てるママ友と)

詳しくはこちら ↓

www.worldautismawarenessday.jp/htdocs/

www.autism.or.jp/keihatsuday/#sekai

 

厚労省主催のイベント。初めて参加してきた。

 

■息子は無関心

しかし!

 

大きな音の演奏もあって、イヤーマフ付けている子、耳ふさぎしている子もいた。

息子は昔ほど聴覚過敏は酷くはないのだが、そこに居るのがしんどかったようで…

新宿区役所のトイレ散策に行ってしまった。

東京タワーから新宿区役所まで結構な距離はあると思うのだが、地図が頭に記憶されている息子はどこにでも行ける。

 

 

■誰に向けてのイベントなのか、考えてみた

ふと「一体、誰のためのイベントなんだろう?」と思った。

 

 

が、しかし!

 

 

これは「自閉症を知ってもらうため」のイベントだったのだ!

当事者というより健常者へ向けたものだったのだ!

 

東京タワーに観光に訪れた人向けに、主催者がビラ配りもしていた。

だから、言葉は悪いが人寄せパンダで芸能人を呼ぶこともあるらしい。

 

 

イベントに参加して「売名行為だ」と言われることもあるらしい。

(東ちづるさんなど本当に考えているのに…。

www.jiji.com/sp/v4?id=20130305_getintouch0001&fbclid=
IwAR2F2yhXgINqGSCPF_i5tTAQUWYtJLRLP7zb90hCDmH-61Xt1PLpKCJFNT4

 

 

でも、「あ!○○がいる!」と人々が集まって来たり、写真とってSNS拡散すれば、結果的に自閉症のことを知ってもらえるので、凄く貢献してくれている。

 

 

■ダウン症

染色体異常の21トリソミー(=ダウン症候群)は700人に1人の割合で生まれる。その独特の風貌から見かけた人も多いだろう。

国連が定めた世界ダウン症の日もある。

jdss.or.jp/wdsd2018/

 

 

■孤独な障害

人口の2パーセントはいると言われている自閉症スぺクトラム障害の人たち。

ダウン症。も含めて多くいる障害者について、世界規模でこのようなイベントが開催される。

 

 

ところが、18トリソミー(エドワーズ症候群)という染色体異常

クラスに2~3人いると言われている自閉症と比べ、6000人に1人という割合だ。

 

 

18トリソミーについてはこちら ↓

ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%
AF%E3%83%BC%E3%82%BA%E7%97%87%E5%80%99%
E7%BE%A4

 

 

私の知り合いで“18トリソミーモザイク型”のお嬢さんがいるのだが、「同じ障害を持つ仲間がいなくて孤独だ」と常に言っている。

 

“18トリソミー”は短命で大人になるまで生きることはないのだが、その人は「モザイク型」なので障害が重くは表れてはおらず、成人している。

 

 

18トリソミー、13トリソミー(パトウ症候群)の場合は流産、死産、1歳前に死亡してしまうことも多いので、社会に出て困っている人もいないわけだ。だから、イベント開催する必要もないのかもしれないが…

 

 

親の会など規模も小さく、田舎に住んでいると孤独になる。

 

希少障害の団体は予算もないかもしれないが…イベントあったらよいのに。

 

 

■来年は?

息子は「もう、絶対に行かない」「嫌だった」と言っている。

 

 

ううん、来年は不参加かな。

 

 

ブログなのでハッピイエンドの内容でもなく、起承転結もなく、思ったことを呟いています。

 

では、また来週金曜日、不快にならない方はアクセスしてくださいね。

最後までお読み下さり、有難うございました。

また金曜日、寄って下さいね!

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2019.04.05

コメント欄 閉鎖のお知らせ

■お知らせ

ブログのコメント欄を4月から閉鎖することに致しました。

 

こちらのブログがきっかけです。

wp.me/p73B8w-3UP

 

(過去にも似たようなことがありました)

wp.me/p73B8w-3vX

wp.me/p73B8w-3xw

 

 

ブログも止めようと考えていました。ただ、ブログを楽しみにしていて、救われている方もいらっしゃると聞いて、ブログ自体は続けることにしました。

 

「発達障害の思春期を迎えた息子を持つ父です。

妻共々、立石さんのブログを見させて頂いてます。

 

もっとできるはずと、学校の不理解や療育という苦しみ、また、息子の考えていることがわからないという苛立ちから気を病んでいたときにブログを見つけ、初めて同じ感覚、似た状況で葛藤されている方に巡り会えたと思いました。

 

ブログで励まされ、息子が何故こう行動するのか ようやくわかるようになり、優しくできるようになれたと思っています。

 

何度このブログに救われたことか、きりがありません。

これからも優しいブログを見たいのです」

 

こんな言葉に思い踏みとどまりました。

 

 

■コメント欄の閉鎖理由は…

書かれたコメントについて自身が受け止め切れず、精神的にかなりしんどく、辛く、ブログ自体を続けることまでも難しさを感じたからです。

 

 

私がダメ人間で器が小さいからです。だから、恥ずかしく情けないことですが、逃げることにしました。

 

 

指摘されたことに対して、素直に反省し受け止めることが出来ず、返信したことについて返信が続き、炎上しました。

 

 

・「ブログを読まないでください」、「ブログ止めたくなった」と私が返信したら「ブログ辞めると脅しても無駄だ。反省する姿勢がない。逃げている」の返信

 

 

・立石さんの本性を見た。ファンだったのに落胆した。ブックオフに著書は売る

 

 

・息子さんは犯罪予備軍。プールを器物破損した前科があるでしょ

 

 

・知的障害者は存在意味がない

 

 

・失恋話を顕にするなんて、鬼だ

 

 

立石さんは著書も何冊も出し、ヤフーニュースにも載り、影響力が大きいのだから、間違ったことを書かないでほしい、それから間違ったら素直に反省し訂正せよ。非を認めない、本省見た!

 

 

■言い訳

さて、また「言い訳がましい」と言われてしまいそうですが…

 

 

管理栄養士が「卵の蛋白質の成分は●●である。食べてはいけない」の●●はエビデンスもなく、栄養士の人が書くのはまずいと思いますが、私のブログはたとえ講演している身であっても、日記の延長です。

 

 

講演内容も「発達障害とは」などの医師が講演する内容ではなく、また教科書に書いてあることを話す内容でもありません。

 

 

自閉症の子を授かった親として障害を受け止めた過程や葛藤、今子育てを振り返って思うことを話している内容であることは、参加なさった方はご存知だと思います。

 

 

だから、正しいこと正しくないことという面では、誰かから見れば正しくないことを書いていることもあります。

 

 

例えば「知的障害がある場合、特別支援学級や支援学校に入学した方がよい」というのが昔も今も私の変わらぬ考えです。

 

 

でも、この考えは人によっては「正しくない」と思うかもしれません。でも、たとえ著名であっても、それが私の思いなので話しています。

 

 

■リアルに意見してほしい

私は傷つきました。

 

 

私は反対意見を書かれて反省し、ブログを書き直すほど強くはありません。だから、逃げさせてください。もう勘弁してください。

 

 

真摯なアドバイスを下さる場合はフェイスブックでつながって、リアルにお会いして、そしてリアルに会ってアドバイスください。文章だけですと誤解や行き違いもあり、良いことはないと思います。

 

 

従いまして、今後はコメント欄は書けない状態になっております。ご理解ください。

 

 

■息子の写真掲載について

息子の写真を載せることについて「息子さんにも人権あるんだから、親の判断で公開すべきでない」、「子どもは親の所有物じゃないんだから」のご指摘も受けたことがあります。

 

 

私は「息子の存在を知ってもらい親亡き後、支えてくれる人を増やしたい」と思い公開し、松永先生の本のモデルも快諾しました。

(過去ブログ)

wp.me/p73B8w-3Pe

 

 

息子も写真が公開されていることや本になることは知的遅れがあるなりにも、わかっていて、了解しています。

 

 

 

そして!

 

何よりも障害のあることを恥ずべき事、隠すことと思ってはいません。色んなトラブルも含めて、それが人間であり、障害のある息子のことを「素晴らしい子」だと思っています。

 

 

知的遅れがあり、出来ないことだらけの子ですが、そこも含めて自慢したくて書いている親バカです。

 

 

ブログで子どもの顔出しする人、しない人、反対意見もあり、理解できない方もいらっしゃるかと思いますが、人には色んな考え方があります。私はこう考えていることを付け加えました。

 

どうかご理解くださいませ。

(尚、私達親子以外の方の個人名、写真などはSNSルールとして相手方の掲載許可を得て、過去のブログも含めて載せております)

 

 

では、また金曜日、応援してくださる方はアクセスしてください。そして、不快に感じる方は読まないでください。

 

宜しくお願いします。

立石美津子

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2019.03.29

友達がいない息子

今日もこんなブログにアクセスして下さり、誠に有難うございます!

 

特別支援学校高等部の卒業式を終えて、春休みに入ったばかりの出来事

 

ショートスティの申込のため、こちらに向かう途中…

駅で支援学校の同級生男児2人に偶然、会った。(彼らは自閉症ではない別の障害を持っている)

 

2人は春休みを利用して、どこかに遊びにいくようだった。

 

息子は友達の姿を見つけて、満面の笑顔になった。でも行き先は別

 

私の心はザワザワした。心、搔き乱された。

 

 

■友達がいない息子

息子はその2人と同じ車両に乗り込んだが…

 

スーッと離れていきニヤニヤしながら、電車の型番を確認していた。友達と談笑するなんてことは絶対にしない。

 

 

息子には18年間通して、親友と呼べる友達は一人もいない…

 

 

互いの家を行き来して、一緒にゲームをしたり、どこかに遊びに行くなんて夢のまた夢。そんなことはありえず、いつもヘルパーさんとの外出か単独行動だ。

 

 

「なんて可哀そうな息子…」

切ない気持ちになった。

 

■息子の心

息子は「僕は春休みに一緒に出掛ける友達もいないんだ」とも思っていないようだし、「自分は仲間外れにされた。誘ってももらえない」とも思っていないことは、その表情から母である私にはわかった。

 

自閉症の息子は友達と過ごすのことは、それはそれで嬉しいようだが…

(謝恩会のとき、とても嬉しそうにしていた)

駅で出会った2人のような関わり方を望んではいない。

 

 

■私の感覚を押し付けてはならぬ

もし、私が同じ状況になっていたら、きっと凄く凹むと思う。自分の親友だと思っていた子が別の子と親しくして、春休みに入った途端、外出していたら悲しくなると思う。

 

だから切なくなり、胸が苦しくなってしまった‥‥

 

 

けれども…

 

息子はそうではない。そのことで悩んだりしない。ある意味、とても幸せな人なのだと思う。

 

また、自閉の子を育てている先輩ママからのアドバイスによると…

 

障害のある方でいつも友達と関わっていたい方は、学生時代の友達にメール送りまくったり待ち伏せしたり、通勤途中に知らない人に話しかけてしまって問題になったり…

孤独に耐えられず辛い思いをすることもあるみたい。一

人の世界を楽しめるって、良い部分もあるなって思ってます」

 

ということ

そう考えると、プラス面も確かにあるな!

 

 

「ああ、私はまた健常者の脳で子どもの幸せを計っていたんだな…」と猛省したのと同時に、健常児の子育てでも、親の価値観を押し付けてはいけない」思ったのでありました。

 

最後までお読み下さり、有難うございました。

4月からのブログについて考えています。また次回お知らせ致します。

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2019.03.22

卒業式でのトラブル

今日もこんなブログにアクセスして下さり、誠に有難うございます!

 

先週の金曜日、息子は特別支援学校高等部を卒業した。

2歳から保育園に入園し、小学校、中学校、高等部

(保育園)

(小学校入学式、椅子に座れず抱きかかえられている)

(中学入学)

(中学卒業)

 

■願い

卒業式を迎えるにあたって、本人から強い要望があった。

 

 

それは、「好きな下級生の女の子と卒業式に写真を撮りたい」という願いだった。

一方通行の片思い

 

 

親として思いを叶えてやりたいと、息子の担任と相手方の担任には伝えていた。

前日に担任から電話もあり、撮れるように工夫してくれるとのことだった。

 

息子に期待を持たせていた。

卒業式の最中も、そのことで頭がいっぱいの様子だった。

ところが!

 

卒業式後、女の子の姿はなかった。

 

 

 

■玉砕

卒業式の一ヶ月も前から、何度も何度も「写真撮れるよね」と私に確認してきていた。

 

「多分大丈夫だと思う」「先生にも頼んであるから」と伝えていた。

 

 

でも…結果は玉砕

学校側がうっかり、その子を帰宅させてしまったのだ。

 

式のあと、校庭でみんながお互い写真を撮ったり、先生と談笑している中、息子はパニックを起こし、泣いていた。

 

 

親としてとても切ない思いになった。

 

担任に対して「なんで引き留めておいてくれなかったんだ!」と憤慨した。

 

 

機嫌を損ねた息子とは、卒業式の看板の前で記念写真を撮ることもできなかった。

(看板だけ撮影)

 

■思い返せば

ただ、思い返せば昔、パズルの一辺がなくなっただけで、暴れ、自傷し、とんでもないことになっていた頃に比べたら…

泣きながらも自分の感情をコントロールしようと必死の様子だった。

 

ランチに寄った店でも「餃子定食大盛」ではなく、「餃子単品」をお腹が空いているのにも関わらず、頼もうとしていた。

これは本人なりの自傷で「自分が望んていないことと逆のことをやっている」のだ。

 

 

■試練

人生には思い通りならないことは沢山ある。

 

理不尽なこともたくさん起こる。

 

だから、期待させられて叶わなかった今回の経験も相当辛かったと思うが、絶対に糧になっていると思う。

 

本人を傷つけまいと、いつまでも過保護な親でいてはいけないのだ。

 

写真撮れなくても、感情をコントロールして…

我慢出来て偉かったよ、息子!

頑張ったね。息子!

健気で可愛いね、息子!

立派だったよ息子!

と親バカは思うのでありました。

 

最後までお読み下さり、有難うございました。

また金曜日、寄って下さいね!

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