2013.09.10

「様子をみましょう」は止めてほしい

写真1

我が子がどうも他の子に比べて落ち着きがない。心配で心配でどうしようもなくなって不安がマックスに達した時、勇気を奮って幼稚園の担任に相談した。すると「様子をみましょう」と言われた。よくある光景だ。

 

 

 

「様子をみましょう」この言葉を幼稚園や保育園の先生は実によく使う。「長い目で見ましょう」「個性の一つだから」この言葉は先生にとって大変便利な言葉である。使う側である先生はこの言葉で相談を受けたものの一旦手放すことが出来る。責任逃れを一瞬出来る。

 

 

 

しかし、言われたお母さんはたまったもんじゃあない。勇気を奮って担任の先生に相談したのに、その瞬間から又、ずっと様子をみる悶々とした何とも言えない不安にかられる日々を送ることになる。“何月何日まで様子をみればよいのか“とも言われる訳ではない。

写真2

自分の子どもの落ち着きのなさ、友達を噛む、叩くなどの衝動性の問題が、発達障害の1つである『注意欠陥・多動性障害(ADHD)』が原因の脳の障害からきているものなのか、個性・性格の範疇なのか、はたまた自分の躾の悪さからくるのか・・・?躾の悪さだったら、自分が親としてあまり構っていないから気を引くための行為なのか、はたまた、単に行儀が悪いだけなのか本当に迷ってしまう。

写真5

父が膵臓癌になった。膵臓癌は結構やっかいな癌だ。でも医師は「様子をみましょう」とは絶対に言わない。父の年齢と体力と今後の生活を考えた治療法を探し、手術するか放射線治療を取り合えず始めるか、抗がん剤はどれを使うか手立てを即、練って患者と家族に伝える。癌は当然、死に直結する病だからさっさとその部位と進行具合を見て治療の手立てを明確にする責務が医師にはあるからだ。

 

 

 

でも“死”に直結しない子どもの問題行動の場合、ある程度、ぼやかすし逃げることが出来る。

 

 

 

息子は言葉が出なかった。2歳近くになっても「あ~う~」の一つも言わず「ワンワン・マンマ」などの喃語(なんご)も一切なかった、人見知りもないが人に関心も全く示さない、親である私に対しても手をつないだり抱こうとすると、のけ反って拒否する。そんな我が子の様子にずっと不安にかられる日々を送っていた。勇気を奮って病院に電話して予約した。予約がとれたのが半年後、半年待って待って待ちまくった。いよいよ診察日の当日、癌の宣告を受けるがごとく心臓バクバクの状態で診察室に入った。

 

 

診察室にいたのは某大病院の有名M医師だった。診察室に入って1分以内に「お母さん、この子、自閉症だよ」とあっさり言われた。その医師の口から出たその言葉に私は凍りついてしまった。医師を恨む気持ちが沸々と湧き、それからその医師の診断は誤診と考え、それから又半年あまり様々な医師の所へ連れて行くドクターショッピングが始まった。言葉が話せないのは聞こえていないからだと有名耳鼻科にも何軒も連れ回した。その詳細についてはここで書くと長くなってしまうのでここに記事で書いてあるのでご覧ください。5話連載で書いてます! mamasola.net/?cat=74

 

 

 

さて、発達障害の診断の問題は診断するだけでその後の手立てが全く示されないことだ。結局、疑いを持った時点から最初の診察を受けるまで半年、その後、診断を受け入れることが出来ずドクターショッピングした期間が半年。1年のロスタイムを作ってしまった。結局はどこの医師に診てもらっても「自閉的傾向」「自閉症の疑いあり」とやんわりと言われた。最初のM医師より少し曖昧な表現をして私の気持ちを思って伝えてくれた医師もいたが言わんとしていることは結局、自閉症であるということ。遠回りしてしまったが最初の医師の言葉を素直に受け入れればもう少し早く何か出来たかもしれない(それでも2歳と言うのはかなり診断が早い)しかし、診断はしてもらったが手立てを示してはもらえず、自分で療育センターを探し対処法を学んだ。(※補足だが脳の障害だから癌のように完治することはない。療育に行って生きて行くための訓練を学び、親として育て方を学ぶのだ)

 

 

さて、何が言いたいのかというと、保護者から積極的に相談を受けた時点で親は相当な勇気を持って先生に相談している。だから「様子を見ましょう」の一言で逃げないで欲しい。子どもの1日は大人の1年ほどにも相当するくらい重要な時間、あっと言う間に過ぎてしまう。そこでどう対応してもらったか、その早さもとても重要。様子をみているうちに子どもはどんどん成長してしまうのだ。

 

 

 

でも、先生にも同情する。先生が逃げるのは1つ大きな理由がある。「専門機関に行ってしっかり診てもらってきてください」と言い結果、発達障害でも何でもなかった場合、先生を責める保護者が実際、数多くいるからだ。これで怒り狂っている親を私は何人も見てきた。「先生に発達障害かもしれないから病院に行くように言われたが、そうではなかった。個性の一つと言われた。先生の見立ては間違っていた。いい加減な先生だ。うちの子を障害児扱いして私も子どもも傷ついた。どうしてくれるんだ」と詰め寄る。今は差別用語として使わなくなったが「うちの子を白痴 (はくち)扱いした」と行政に訴える親も出る始末だ。

 

 

 

こんな経験を一度でもした先生はおっかなびっくりになって「一度、専門機関に・・・」という言葉が出て来なくなってしまっているのが現実だと思う。

 

 

 

だから親に言いたい。もし違っていたら違っていたでラッキーと思いそれだけで済まそう。絶対に先生を責めないで欲しい。先生はお子さんのこと心配で心配で相当の勇気と覚悟で「専門機関に・・・」と言ってくれたから。そういう親が増えれば先生の口からの「様子をみましょう」も消えて行くと私は思う。

(追記)写真は一人外れているのは保育園時代の息子の様子

 

カテゴリー:正直なつぶやき

コメント(1)

  1. 大信田昌宏 より:

    なるほど!
    親としては勇気を出して相談しても、満足いく対応がなければ「先生は何をみているんだっ!」となってしまいますよネェ!!

    ただ、教師という職業は〝教育の専門家〟であって、
    子供の心の中まで把握するのは不可能でしょう。

    ならば、親はそれを理解し、立石先生のような「第3者」に相談するのもいいかもしれませんネ!

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