2020.04.17

学校選びを間違える、これは教育虐待なのか?

※シェア自由

 

前回に引き続き…

似たようなことをブログに以前書いたが…こちらのサイトを転記する。

 

ai-deal.jp/category/column/

 

 

教育虐待という言葉がある。

 

 

「あなたのためを思って」という大義名分のもと、親が子どもに課す行き過ぎた躾、教育のことである。

 

 

本人の能力以上の成績を望む、親が成しえなかった夢を子どもに託す、本人が望まないのに色々な習い事をさせ過ぎるケースもそれだろう。

 

 

以下は「障害児の学校選びのときも言えるのでは」と感じた事例である。

 

 

 

■放置される子

知的障害が軽くはない子、小学校の進級先を選ぶとき、親は「取り合えず通常学級に入れて、いよいよ着いていけなくなったら支援級に移してもらおう」と考え、通常学級に進級させた。

 

でも、「いよいよダメになった時点」で本人は虐められたり、自信をなくしたりして傷ついている。

 

 

ただし、教室から脱走したり、暴れたりすれば、「ここには居たくない」という本人のSOS担任も保護者もキャッチすることが出来るので、そこで支援学級への移動を考えることも出来る。

 

 

問題なのはおとなしい子だ。

 

 

椅子にじっと座っているディドリーマータイプ。奇声を出したり立ち歩いたりしないので、教師にとってはある意味扱いやすい子である。

 

 

通常学級の中にポツンと座っていて義務教育の9年間、放置されてしまうケースもある。

 

 

具体例を挙げよう。知的障害が軽くはないのに、小学校、中学校を9年間通常学級で過ごしたA君。

 

 

義務教育は中学までなので親の意向が最優先され、通常学級にいることは出来たが、高校受験する学力はなかったので特別支援学校高等部に入学してきた。

 

 

入学してみるとA君以外のクラスメートは皆、中学では特別支援学級の出身者であり、A君より障害は軽い子たちで、登校、着替えなどの身辺自立はもちろんのこと、読み書きもある程度できていた。

(↓ 特別支援教育でのきめ細かな対応)

更に「わからないから助けてください」とSOSを出す教育を受けているので、相当なことが出来るようになって高等部に入学してきていた。

 

 

ところが、通常級に9年間いたA君は特別支援教育を受けていれば出来るようになっただろうこと、例えば着替え、一人登校なども身についていないまま特別支援学校高等部に入学してきた。

 

 

■オムツをつけている重度の知的障害児

小学校入学時、排泄の自立が出来ずオムツをつけていたB君。行政からは特別支援学校を薦められたが、親の意向で地元の公立小学校の特別支援学級に入学してきた。

 

 

ところが、支援学級は知的に軽い発達障害の子で占められていて、授業内容は算数やら国語やらB君にとってはチンプンカンプンのものであった。

 

 

ただ、この子も動きは激しくなかったので他の子に迷惑がかかるという状況ではなかった。

 

 

授業中に大便をしてしまうのでオムツ交換、机の上のプリント類を食べてしまうので吐かせる、このような状況なので支援員が付きっきりの世話をしていた。

 

 

このクラスには行動に課題があったり、勉強を個別に見てもらったりしなくてはならない発達障害児も多くいたのに、支援員はマンツーマンでB君についてしまっていた。

 

 

他の保護者から「私達の子どものための支援員でもあるのに」とクレームが出ていた。

 

 

さて、同じようにトイレの自立が出来ていないC君がいた。

 

 

C君は特別支援学校に入学した。個別支援計画で「排泄の自立」が明記され、入学した4月にはオムツが取れて自分でトイレに行けるようになった。

B君は6年生までオムツはとれなかった。支援学級ではオムツ交換はしてくれるが、トイレトレーニングまではしてくれなかった。

 

 

「もし、B君が特別支援学校に入学していたら小学校卒業時にはオムツはとれていただろう」と支援学級の保護者間では囁かれていた。

 

 

■支援級がある小学校で

支援学級が併設されている小学校、車いすで知的にも重度のDさんがいた。

 

 

親の意向で通常学級に通っていた。「車いすで知的障害があっても通常級で学んでいます」の美談として新聞に掲載されていた。

 

 

この学校の支援学級ではDさんよりも障害の軽い子が大勢学んでいた。「あれって親の満足だよね。本人は言えないからね、ある意味教育虐待だよね」と支援学級の保護者が話していた。

 

 

■インククルーシブ教育の拡大解釈

障害のある子とない子が共に学ぶインクルーシブ教育の考えは素晴らしいが、これが拡大解釈されて、教育現場すべてを混ぜこぜにするのは果たして本人のためになるのか?

 

 

本人に適した教育環境で学ばせることが将来の幸せや成長につながるのではないかと感じる。

 

 

今は親の希望が最優先されるので

 

・通常学級に発達障害の子、知的障害の子がいる。

・支援学級に排泄の自立が出来ていない重度の子がいる。

・支援学校に知的に軽い発達障害の子がいる

 

という状況になっている。

 

 

担任はこの環境で保護者から「うちの子にあった指導をしてほしい」と要求され、指導が困難になり疲弊している現状もある。

 

 

■経験していないとわからないかも

知的遅れのある子を通常級に行かせようという親の会もある。それらの考えの人には到底受け入れられないだろう。

 

 

双子を育てている人に「大変でしょ」と言っても、双子しか育てていないので、自分が大変かどうか正確な回答ができない。

 

もしかして1人子でも同じように大変さを感じるかもしれない。

 

 

それと同じで、息子に特別支援教育しか受けさせていない私は障害児が通常学級で学ぶ良さを経験していない。

 

 

そんな私が偉そうに言う資格はないのかもしれないが、なぜ、素晴らしい特別支援教育という制度があるのにこれを受けさせないのか不思議に思う。

 

 

特別支援学級に入学させたくても知的遅れがないので入れてもらえない、療育手帳がないため特別支援学校に入学できない子もいるのに…と思う。

 

 

私は知的障害者の移動支援、ガイドヘルパーの仕事をしている。

 

 

特別支援学校高等部を卒業した青年が誇らしげに「僕はスペシャルスクールを卒業したんだ」と笑顔で語っていたのが印象的であった。

(参照)

【寝たきり社長の働き方改革(25)インクルーシブ教育の是非とその先2018/10/18(木) 18:00配信THE PAGE より】

 

www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/20200318/1050009447.html

 

発達ナビの私のコラム

【オウム返しが進化】

 

 

おわり

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